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番外:下鴨家の人々「下鴨康介と絵本の朗読」
下鴨康介視点。
「海問題」よりも前のエピソードになります。
※番外編は時系列順に並んでいない可能性があります。
弘文が深弘用に買ってきていたので、聞いていなくてもいいかと思いながら絵本を開く。
深弘は絵本の読み聞かせよりも、弘文が弓鷹の練習用に吹き込んだらしいマル秘音声データや学生時代の和楽器を主体にしたバンドの曲が好きだ。弘子は弘文だと意識せずに落語を聞いて育ったせいか話し上手。深弘はしゃべりより奏でられる音が好きなのか、完全に弘文のソロパートのところだけ集中して聴いている。
オレが適当に歌うと合わせてくることがあるので、会話に興味がなくてもメロディーは好きなんだろう。
「もしかして、絵本も朗読より……ミュージカル調がいい?」
退屈そうというよりも何も考えていないだろう深弘の顔。
深弘は表情や感情が死んでいるわけではない。
ただ、どうでもいいことに反応は返しませんよという強固な意志を感じる。
これは深弘の言動で弘子がオーバーリアクションを取るせいもあるだろう。妹をかわいがりたい姉と姉の感情に興味のない妹。深弘が動かざること山の如しになったのは弘子が理由で間違いない。
自分の昔を思い出すと俺の言動ひとつで周りがざわついて面倒だった。ちょっとしたことで、オレの世話役だった使用人がやめさせられたり、持ち場が移動になったり。実家で無言でいることが増えた理由は、オレの言動の一つ一つをとりあげすぎだと感じたからだ。
弘文に出会うまできっと「オレの話を聞け」なんて言葉を口にしたことはない。
オレが口を開けば家でも学園でも静寂が訪れた。
誰もがオレの言葉を聞き逃さないように感覚を研ぎ澄ませていた。
そこまで重要なことでもないと思うと異様な静寂を作り出すのも億劫になって、結果として黙る。
社交的なやりとりが必要になる場では逆に黙ると異様な空気を作ってしまうので、どうでもいい中身が空っぽな世間話で間を埋めていった。
深弘を見ているとオレよりも不器用な人生を歩みそうだという予感がある。
覚えがある限り深弘が大声で泣いたのは弘文が風邪気味だからとお風呂に入れなかったり、一緒に寝なかったりが続いた三日目だ。たぶん、当たり前に抱き上げて貰えるものだと思っていた深弘のショックは結構、根深い。
まるで動きがないと思われていた深弘が弘文を中心にして一メートルぐらいのところに陣取るのだと判明した。
料理している弘文の邪魔にならないように離れつつ作業が見える床に座り込んだり、ソファに寄り掛かっているときも弘文がソファから降りてトイレに行く動線あたりにいる。トイレではなくお風呂も似た方向になるので、声をかけられたらすぐに行けるように考えている気がする。
たいていの場合、弘文は深弘を抱き上げてお風呂に連れて行ったりする。そのせいでオレの予想がアタリかハズレか答えは出ない。深弘が幼いながらにそこまで考えがおよんでいるのか、あるいは偶然か、はたまた本能なのか。
そんなことを考えながら一人全役でいばら姫を熱演してあげた。
さすがにオレの熱意の前では眠気はやって来ないのか深弘は微笑みながら拍手をしてくれた。
たったひとりのために全力を出すのはそれはそれで面白いものだ。
「深弘は気に入った人物はいるか」
これだけやったので、好き嫌いが芽生えていて欲しいと尋ねると少し迷ってオレに抱きついてきた。
どうしたのかと思ったら小さな声で「好き」と口にした。
これは娘からの愛の告白としてありがたく受け取って弘文に自慢しないといけない。
すこし恥ずかしがった様子の深弘はかわいかったのでツーショットを撮って仕事中の弘文に送った。
弘文の帰宅が早くなりそうだ。
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