190 / 192

番外:下鴨家の人々「下鴨弘文と鯉のぼりという名の何か2」

「あー!!」    床に数枚の写真が散らばったころ、康介は息を吹き返した。  死んだ設定だったのかは分からないが、弘子が人魚姫と白雪姫が好きなのは知っている。喧嘩をしたら勝つのは庶民出のシンデレラだと言っていた。シンデレラは元々、良い家の令嬢なので庶民というわけでもないが、生粋のお姫様である人魚姫と白雪姫には敵わないのかもしれない。   「弘文っ! 背中が釣りそうっ」 「人魚さんはコウちゃんでしたぁ」    康介の批判と弘子の種明かしは同時に行われた。  気づかなかったと笑うと絶対に「嘘だ! ヒロくんは知ってた! コウちゃん以外にキスするのっ!?」とフォークボールのような責められ方をするので、康介を抱き上げてリビングに向かう。    鯉のぼりに下半身を食べられた康介はソファで大きく伸びをした。弘子は嬉しげに康介に写真を自慢する。   「すごいね。弘子の腕はまた上がったな」 「でしょでしょ!! 私もそう思います」    宇宙人の仕業だと騒いでいたブレた写真は床に落として康介に見せていない。こういうところは康介にもあるが、バレバレなとりつくろいをする。かわいいところだ。   「どういうストーリーだったんだ?」 「ヒロくんはコウちゃんが人魚になったら驚くかなー? ビックリやんす?」 「見間違えかと思った」    大人は普通、玄関で鯉のぼりに下半身を突っ込んで寝転がらない。   「コウちゃんが、そろそろこいのぼりは仕舞いますって! でもでも、まだまだ活躍の機会が必要だと私は思いましたっ」 「それで今回の」 「コウちゃんのサイズにちょうどよかったじゃろう? コウちゃんカワイイ。私はすっぽ抜けたでやんす」    すっぽ抜けたというのがどういう状況か分からないが、きっとかわいい。   「海で人魚の格好で写真撮ったり、遊んだりできるらしいよな。弘子、リベンジするか」 「海かい? 海っていいね!! いきたいなぁ?」    俺と康介の顔をチラチラと見る弘子に「今年に都合をつけよう」と言った。  ベランダに置いていたプールに不満があったのか「まだ見ぬ大海が私を待っている」と格好いいことを言い出した。  弘子と視線を合わせるために屈んでいたが、夕飯を作ろうと、立ち上がる。    康介が何か言いたげに俺の手をつかむので振り払うことなく待つ。   「弘文は人魚姫って」 「俺なら王子を刺し殺すから、あのセンチメンタリズムに共感はしないな」    これに関しては弘子も知っているので人魚姫批判とは受け取っていない。「ヒロくんってば過激派」とくすくす笑う。かわいい。   「オレは自分のやりたいことしかしない勝手な女だから、わりと好感持てるけど」 「言いたいことを言わないタイプの淑女っぽい女性が好きだよな。ポメさんってお前が呼んでる、鈴之介の同級生の母親とか」 「……なに? 嫉妬?」    康介が目を丸くして俺を見る。  もし嫉妬したとするのなら康介が共感する人魚姫か、康介が殺さないことを選んでいる王子に対してだろう。   「ヒロくんてば、かわいいところあるじゃないのぉ~」    弘子に突き飛ばされるように体当たりされて思わず笑う。  子供の力なのでよろけたりはしないが「人魚のうろこは高いのです。真珠は涙だから稼ぎ放題っ」という言葉に腰が砕けそうになる。   「泣いてお金になるってすごいね! 涙を売ってお金にすれば笑顔になれそう!! 人魚ってお得っ」    昨日はシンデレラ不幸体質の幸せを語っていたが、今日は康介のおかげか人魚の話題が弘子の頭の中を占めているらしい。話を聞いてやりながら台所に向かう。   「人魚さんは魚食べれんのか?」 「康介は弘文が魚の骨を取ってくれるのを待ってます~」 「本当に姫かよ」 「仕方がないにょろ」  弘子が俺の腰あたりをトントンと叩く。   「明日は母の日なのです。コウちゃんに私たちを産んでくれてありがとうとお伝えして敬う日です」 「……母の日ってもっと軽いイメージだったが」 「私の贈答品は先程できもうした。ヒロくんには感謝を!」    母の日として康介に撮った写真をあげるらしい。  そうなる気はしていた。   「ちゅーぷりってやつです? 母の日はカーネーションか、ちゅーぷり」 「たぶん、テレビでやってるのを見たなら……チューリップだろうな」    どうして謎のシチュエーションが作られたのか、理由が分かった。  チューリップ畑に連れていくには少し時期が遅いが探せばまだ咲いている場所もあるだろう。   「チューリップ、見に行こうな」 「え、え、……わかんないけど、いくっ!!」    出掛けるのが好きな弘子は飛び上がって喜ぶが、ソファに座る康介をチラッと見た。  康介は俺たちの会話を聞くこともなく写真を見ている。どこまでもマイペース男だ。   「だいじょうぶだ。急だから鈴之介や弓鷹とみんなでは無理かもしれないから」 「三人でもだいじょうぶ!! 三人でもいいよっ!!」    三人を強調する弘子はもしかして俺が康介を家に置いていく可能性があると思っているんだろうか。  そんな危ないことはしないが、俺はどうも娘に勘違いされている気がする。     ------------------------------------------------------------------------ 「海問題」で弘子が海で人魚になった~と言っていたのは、この後のこと。

ともだちにシェアしよう!