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第1話
愛用のペンを指で回し、窓の外に目をやるとリースは机の上に置かれた便箋に指を走らせた。
『――Dear Kei, 』
そう書き出し、続きに詰まったリースは短すぎた滞在期間を思い出していた。
ケイとの出会いは突然過ぎて、その後の展開も早すぎた。日本旅行一日目、ホテルにチェックインした直後に出会った二人は、磁石のように惹かれ、この世の終わりのように激しくお互いを求めた。そう、リースが当初計画した通り、正に行き当たりばったりの旅となったのだ。
どう見ても日本人にしか見えない風貌の彼は「ぼくも観光客だ」と笑ったが、それ以上教えてはくれなかった。意思疎通できればそれ以上知る必要はないとでも言うように、「どこの誰」と言う枠組みを取り壊し、二人は人間同士の触れ合いを楽しんだのだ。
「ねえ、お腹空いちゃった」
「ナニ、タベル?」
「日本に来たら日本食だよね」
「How about Izakaya? 」
「That might do a trick 」
会社帰りのサラリーマンたちの笑い声が近くで響く。母国にあるようなバーやパブとは違う雰囲気にリースは心を躍らせた。テレビや雑誌でよく見る「The Izakaya」だ。小雨が降る中、赤提灯と『酔いどれ』と書かれた暖簾がゆらゆらと店先で揺れていた。
「イミ、ナニ?」
「Drunkard、酔っ払い」
「ピッタリだ」
小さな席に腰を掛けるとケイの肩がリースの腕に触れた。先ほどまで抱いていた青年が、すまし顔で横に座り店員を呼んでいる。こうしっかりと見つめてみれば、ケイには日本人以外の血が混ざっているのではないかとリースは思った。
「お兄さんたち、飲み物は?」
「Sake 」
「ハハッ、色んなのあるよ?どれがいい?」
「七海さん、ごめん、この人日本初めてだから」
「いいよ、ケイちゃん。誰か連れてくるの初めてじゃん、友達?」
「友達、ではないかな?えーっと、一杯目は一番呑みやすそうなのちょうだい?僕も同じでいいや」
「ケイちゃんは今夜も小悪魔なんだね」
「ん?」
親しげに言葉を交わす二人にリースは小首を傾げた。フワフワと揺れる店員の髪の毛はミルクティーのような色に染められている。黒縁メガネが似合う、洒落た風貌だ。嫌味なんて一ミリもないような笑顔を見せる青年が、なぜかリースは気に食わなかった。
ケイはここに来たことがあるのだろうか。ナナミと呼ばれたこの店員はケイの何だ?知り合ったばかりの青年の名前以外は何も知らないなとリースは首を振った。
「おい、七海」
「あ、シンさん」
「そこの外人さんにこれ食わせてやれ」
差し出された小皿にケイは両手を合わせて喜んだ。日本食独特の香ばしい香りが食欲を誘う。ここの焼き鳥はケイの大好物だった。自家製のタレだ、といつかシンが教えてくれた記憶がある。何度も通い詰めているのに、無口なシンとの会話は両手で数え切れる程しかない。
「シンさん、コンバンワ」
「ケイ、まだ日本にいたのか」
「冷たいこと言うね。シンさんがイヤって言うまで僕はここにいるつもり」
「うわぁ、シンさんを口説くとはお前やるね」
「七海、仕事に戻れ」
「はーい、ケイちゃんのせいで怒られちゃった」
てへっと舌を出し他の客の接客を始めた七海を目で追うとリースは焼き鳥を口にした。シンと呼ばれた男の日本語は早すぎて何と言ったかよくわからなかった。それでも、この男もケイの知り合いなのかと驚きオリーブ色の瞳を瞬かせた。
「リース、気に入った?」
「チキンヤキトリのこと?」
「お店も」
「’cause you are here 」
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