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後日譚 愛するヨアンの営巣

 人間には男女二つの性しかないが、獣人にはバース性というものがある。  今まで疑いもなく信じていたことだ。  しかし、それを覆す存在が俺の傍らにいる。 「ヨアン」  呼びかければ、柔らかな金色の髪を揺らし振り返る俺の番であり、人間のΩ。その深緑の瞳が俺を捉えるが、ヨアンは無表情のままだ。 「なに?」  次に素っ気ない感情の籠っていない声。育った環境と俺がヨアンに対して行った仕打ちにより形成されてしまった感情を押し隠すという悪癖。  自分の行ったことを棚に上げ、ヨアンの笑顔が見たいと思うなど虫が良すぎる話だ。俺はただ願うことしかできなかった。少しずつでも表情が豊かになってくれればいいと。  しかし、背中から抱きしめ腕の中に囲えば、ほっと息をついて俺の腕に手を添える。伏し目がちな横顔はとても満たされているように見えた。  金色の髪に鼻先で触れると、ふわりと甘い香りが鼻を擽った。Ωのフェロモンとは違う、番のαにのみ届く香り。  普段は首筋に寄せてやっと感じる程度だが、この距離でも漂っているということは発情期が近い証拠だ。今夜にでも発情期に入るだろう。  当初は不定期だった間隔も、三ヶ月毎に定期的に訪れる様に訪れるようになり、ヨアンの体にΩ性が定着し始めていたことを意味していた。また、気が狂ったように精を求めることもなくなったのは、ヨアンの情緒に起因しているからと考えて間違いないだろう。  Ωが満たされることで番という関係がより強さを増す。それを目の当たりし、そしてヨアンが少しでも満たされていると気付けたことがなによりの喜びだった。  ヨアンに見送られたのち、庭仕事をしてから森に入り、実や香草、小動物を狩る。日が落ちる前まで森の中を駆け、必要十分な量だけ実りを頂く。それが日常。  人間国も獣人国も頼ることはできない。ウォグが時折土産として持ってくる食料や嗜好品はとても贅沢なものだった。  発情期のこともあり早めに切り上げ屋敷に戻れば、いつもは戸口まで迎えに出てくるヨアンの姿はなかった。どうやらすでに始まってしまったようだ。 「ヨアン」  寝室の戸を開ければ、部屋は甘い香りに満たされていた。それはいつもの発情期と何ら変わりなかった。  しかし、寝台に横たわるヨアンは……といえば、いつもとは異なっていた。  どこから引っ張り出してきたのか、十着はありそうな服の山に埋もれていたのだ。  巣作り、というものなのだろうか。知識としてはあっても、実際目にするのは初めてだった。  その中心に丸まり俺の服をうっとりと抱きしめている姿は愛らしいという言葉では到底表現できるものではなかった。 「ヨアン……」  驚かせないように静かに声を掛ければ、ヨアンはぼんやりとしたまま顔を上げる。その目は潤み、頬はほんのりと色付いている。 「いぇれ?」  舌足らずな甘い声色。以前の苦みしかない発情期とは違う、とても穏やかな始まりを迎えていたようだ。 「戻ったぞ」  乱れた髪を整えるように撫で梳くと、ヨアンははっと顔を上げた。 「……僕は……なにを……」  手の中にあるシャツと盛られた服に視線を巡らせた後、ヨアンは慌てて服を畳もうとする。しかし俺は手を取ってそれを遮り、ヨアンを抱き寄せた。抱き締めざるを得なかった。こんなに愛しいものがあるのかと。 「気にしなくていい」 「イェレ……?」  巣作りを知らないヨアンへの説明は後だ。  今はこの激情のまま愛してやりたい。  俺は頭が働いていなさそうなヨアンを服の山の上に横たえ、その小さな体の上に覆いかぶさった。              

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