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第2話

湯気が舞う、黒の大理石を基調とした高級色漂うバスルーム。 180cm以上ある男が入っても余裕で足が伸ばせる大きなバスタブは、このマンションの名義人が家を探すにあたって特にこだわったところだと話していた。 「今日、(たつみ)と一緒に新橋のスペインバルのお店に行ったんだけどな。あいつ、狙ってた女の子が途中で帰っちゃったもんだからまだ水曜だっていうのにヤケ酒して眠っちゃってさ。家まで送り届けるのが本当に大変だったんだぜ」 綺麗に鍛え上げられた逞しい胸に寄りかかりながら、俺はその立派な胸の持ち主の顔を一瞬だけ上目遣いで見つめた。 背後から抱き締めていた男の熱が途端に重量を増し、猛々しい切っ先が俺の双丘の更に奥を探ろうとする。立派な熱雄で後孔を探り当てられ緩く擦り上げられている俺は、その刺激で不自然に揺れ動き乳白色した水面から天を仰ぐ俺自身が厭らしく顔を覗かせてしまう。 あぁ、もう恥ずかしすぎる―― 男とは昨日今日、身体を繋げる関係になったのではない。もう5年も前からお互いの身体の隅々を知り尽くしている深い関係である。 未だにこの男相手だと、俺は交わりを知らない乙女のように酷く恥らいを感じてしまうのは明らかに恋している証拠だ。赤面した顔を隠すように俺は俯いた。 「あげないよ」 唐突に猛々しい熱雄の持ち主がそう言い放つ。 「俺以外のヤツと仕事終わりに呑みに行く薄情な紅羽にご褒美は絶対あげない」 甘い声で意地悪を言うこの男は壬生天嶺(みぶあまね)、31歳。顔良し、頭良し、学歴も育ちも良いこの男は会社の同期で一番の出世頭。今春この若さで人事部の部長へと就任した同期のエースでもある。 身長も182cmと超恵まれた体躯に、万人受けする甘いマスク。黒髪でも決して野暮ったく見えないお洒落にセットされたヘアスタイル。 対して俺は、身長170cmの痩せ型でアラサーにも関わらず生まれながらの童顔。元々色素は薄く茶色い猫っ毛。入社当初は営業先で舐められないよう大人に見られる為、柔らかい髪を無理やりセットしていた。だがどう頑張っても髪型の努力だけでは天嶺の営業成績には及ばないことを知った俺は、努力の矛先を変えたのであった。 天嶺はノンケだ。 はっきり言って女からかなりモテる。ゲイの俺ですら、入社式でその美貌に目を奪われた程だ。 現に俺と付き合うまでは誰もが羨む程の美人でお似合いの秘書課の彼女がいた。 これだけの良い男なのだから当然と言えば当然だろう。 元々同じ営業職でデスクも隣り同士だった俺は入社当初、人一倍目を惹くこの男が無性に鼻につき敵視していた。今思えばこの敵視は、決して一目惚れからのこの恋が成就することは無いという諦めから生まれたものだと分析できるのだが。 新人時代の天嶺は同期のよしみなのか上司からの指示であったのか、万年営業成績が最下位だった俺の世話役となっていた。 本来であれば同じ営業で敵同士のはずなのだが、新人ながら並みいる先輩方を押さえトップ成績を爆走し続ける天嶺に俺のような底辺者は敵でも何でも無かったのかもしれない。 同期に世話される屈辱と周囲からの憐れみの眼差しに、当時の俺は耐えられず天嶺に反発ばかりしていたのだった。 それでも資料作りや営業先へのプレゼンテーションの擬似演習等、要領も態度も悪い俺に彼女そっちのけで毎晩遅くまで付き合ってくれた優しい天嶺をいつの間にか気持ちが抑えきれない程好きになってしまっていた。 勿論相手はノンケ。特別な想いがあって俺に毎日付き合っている訳ではない。あくまで仕事上のみの関係だ。一生この恋は叶うことがないと自覚していた為、不毛な告白をするつもりが無かったのだが……。 俺たち2人に転機が訪れたのは入社3年目の頃。秀でた能力を買われ、人事部への異動が決まった天嶺を営業部を上げて送別する二次会の後のことだった。 とんでもないことをしてしまった……。 翌朝、ホテルの一室で隣に寝ていた裸の天嶺と裸の俺の姿を目にした瞬間愕然とした。 酒の力を使ったとはいえ、俺もどのように天嶺に迫ったのかは実際には全く覚えていない。天嶺はノンケだから、間違いなく俺の方から誘ったに違いない。 ベッドまで至った経緯は全く憶えていないのだが、今でも目覚めた瞬間のことははっきりと覚えている。慌ててその場から逃げ出そうとした俺に、寝ていたはずの天嶺が「1ヵ月だけ時間が欲しい」と告げた。彼のその言葉から、告げるつもりが無かった想いを酒に酔った勢いでつい吐露してしまったのではないかと悟った。 なんてことを……。 この日、俺は二度目の絶望感に陥った。 一歩間違えれば、俺自身が会社にすら居られなくなることくらい事前に何度も予測していてはずだ。自分が酒にそこまで弱いと自覚したことは無かったが、酔った判断力の低下がこれ程までに怖いと実感したことは始めてで人前での酒を自粛するきっかけとなったのであった。

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