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古瀬涼太の悩み

古瀬涼太はモテた。それはもう嵐の様な勢いでモテた。 誰が見ても綺麗な顔、すらっと長い手足、モデルの様な高身長、元バスケ部で運動神経抜群、加えて国立大学に通う頭脳も持っている。神様が寝ぼけて作ったとしか思えない、完璧な人間だ。 そんなハイスペック男子である古瀬涼太は、今まで何人もの女性と付き合って来た。ある時は学園一の美少女、ある時はバスケ部のマネージャー、ある時はチアリーダー部の部長。それはもう華々しいモテ街道である。 しかし、古瀬涼太には誰も知らない悩みがあった。秘密にしているわけではない。寧ろ相談に乗って欲しいぐらいである。ただ周りの人間が涼太のことを「恋愛マスター」だと崇めているため、誰にも頼れなかった。 その悩みとは、いたって単純な話。 「ごめん、別れてほしいの」 「え?……え?」 古瀬涼太は、恋が長続きしない男なのだ。 夕方のお洒落なカフェテラス。涼太の前にはブラックコーヒー、彼女の前にはキャラメルフラペチーノが置いてある。傍から見れば美男美女の理想的なカップルだろう。しかし、突きつけられたのはあまりに唐突な別れ話。 何故自分が急に別れることになっているのか、分からない。毎日電話もしていたし、デートで失敗もしていないのに。手を繋いで、キスをして、着実に恋人の階段を登っていたはずだ。 「えっと……何で?」 「……あのね、本当に申し訳ないんだけど」 彼女は俯いて困った様な顔をする。長いまつげに大きな瞳、とても可愛らしい女の子だ。涼太とは同じ大学に通っていて、彼女の一目惚れで付き合い始めた。そう、先に恋をしたのは彼女の方なのである。でももう別れ話、全く笑えない。酔っぱらいの寒いギャグより笑えない。 涼太は彼女の言葉の続きをただ待った。改めて「可愛いな。」なんてのんきに思いながら待った。 そして、彼女はぽつぽつと小さな声で話し始める。 「涼太くんのことカッコイイと思うし、優しくて素敵だなって思う。思うんだけど……それだけなんだよね」 「それだけ?」 それだけでいいだろ。涼太は思わず心の中でツッコミを入れた。 「説明が難しいだけど……涼太くんが好きなんじゃなくて、涼太くんと付き合ってる自分が好きなんだなって思っちゃったんだ」 彼女は苦笑いを浮かべながら、キャラメルフラペチーノをこくりと一口飲んだ。口の中に広がる甘くてほろ苦い味。それは恋の様な味、というのは少し陳腐な表現かもしれない。 「それに、涼太くんもそうでしょ?」 「え?」 「私が好きなんじゃなくて、私の事が好きな自分が好きなんでしょ?」 彼女の投げかけに、涼太は何も言えなかった。図星というわけではない。でも真っ向から否定できるほどの自信もない。なんとも不思議な感覚が広がっていく。彼女のことは好きだった、気がする。でも何故か断言するのが怖かった。 涼太はブラックコーヒーを一口飲む。口いっぱいに広がるのは苦味。圧倒的な苦味だけである。 「今までありがとう」 彼女は飲みかけのキャラメルフラペチーノを置いて席を立つ。そして全く名残惜しそうな様子も見せずに、街の人混みへ消えていってしまった。否、もう彼女ではない。同じ大学に通う女の子というだけだ。 「……また駄目だった」 涼太はテーブルに突っ伏してため息をつく。そして前にも感じたことがある痛みに顔をしかめた。口の中に残った苦味が、まるで散ったばかり恋心の様に口の中へ広がっていく。 ただどうしてか、涙は出てこなかった。更に正直に言ってしまえば少しお腹が空いていた。失恋したばかりだというのに食欲がある。これは自分が可笑しいのか、みんなそういうものなのか。 涼太は少し考えたがすぐに答え探しを諦め、メニュー表に手に取った。糖分が欲しい、砂糖の塊の様な甘いケーキが食べたい。綺麗な飾りなんていらないから、甘い甘いスイーツを。 古瀬涼太、神様の成功作である彼の悩みは恋が長続きしないこと。説明するのはとても簡単な悩みだが、本人にとっては深刻な問題である。 そんな涼太が心を焦がして本当の恋をするのは、まだ少し先のお話。

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