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最終話(第14話)

『来てしまった』  一方的な飼育解除も、愛してると言ってくれたのに手放されたことも、全て納得がいかない。  真っ黒な鉄製のドアの前に立ち尽くす。 『もう一度、ちゃんと話をしよう』  もう来るなと言われていた手前、インターホンを鳴らさずにそっと店内へ入った。  なるべく音を立てないように奥へと進むとガチャンと食器が割れる様な音がした。 「映像出せねえって、どういうことだコラ!」  声のする方へ進むと、正臣と明らかに『そっち系』の男がそこにいた。  俺は隠れてその様子を覗う。 「お願いします。彼の動画だけは、このまま消させてください」 「オマエなぁ、こっちも仕事でやってんだぞ? ガキの遊びじゃねぇんだぞコラ。あァ?」 「わかってます。でも、お願いします。彼の、高倉カイの動画だけは、許してくださ……ッ!」  男が正臣の腹を蹴り上げて言葉を遮った。  正臣と男は、俺の話をしている。 「おいコラ財前。ここの仕事、なんの仕事だ? 言えよ」 「登録した、会員の、プレイ中の動画を、裏で売る仕事です」 「おお、その通りだ。じゃあなんでそのSDは俺に渡さねぇんだ? ん?」 「お願いします。この人は、ショービジネスで働いてる人です。あんな動画が流出したら!」 「こんなところにノコノコ来るような変態だろうが! 自己責任だ自己責任。ほら、さっさとそのSDカードよこせ」  男の足が正臣の腹を踏みつける。正臣は泣きそうな顔でSDカードを握りしめていた。その瞬間、からだが動いた。正臣の前に飛び出して、男の足を正臣から退ける。 「ンだコラ、テメェ!」 「暴力はやめてください」 「ああ、噂の変態レスラーじゃねえか」  男は俺の顔をジロジロと見ると鼻で笑った。 「どうやってうちの犬をたらし込んだか知らねえが、お前さんからもコイツにその持ってるSDカード渡すように言ってくんねぇかなあ?」 「別に、俺はそんな動画が出回ろうがどうだっていい。今すぐ、この人への暴力を、やめてください」 「だってよ。オラこの野郎。この変態もそう言ってんだ。さっさと渡せ」  俺は正臣を見つめ頷いた。正臣はほんの一瞬驚いた顔をしたが、すぐに男に向き直ると持っていたSDカードを床に投げつけ踏み潰した。 「はじめから、こうすればよかった」  正臣が足を退けると、SDカードの残骸があった。 「てめぇ……、この損失必ず埋め合わせさせるからな!」  男は盛大に舌打ちをすると、その場に転がっていたゴミ箱を正臣に当たるように蹴り上げる。その数秒後、入り口のドアが大きな音を立てて閉まった。 「……いらっしゃい」  大きなため息をつき、正臣はその場に座り込む。 「どういう事なんですか?」 「このクラブは、会員同士だったりスタッフと会員のそういうプレイを隠しカメラで撮影して、裏で売るってのが、本来の営業スタイルなんだ」 「本当は、その、飼育クラブじゃないってことですか?」 「表向きには、カイの言うとおりの店だ。でも、簡単に言うと、裏ビデオの撮影スタジオみたいな感じだよ。嘘ついて、ごめん」 「愛してるって、言ったのも嘘ですか? だから、俺のこと、最後の日まで抱かなかったんですか?」 「違う! カイのことは、本当に試合で見る芸能人みたいな存在だったし、好きだ。本当だよ。ただ、カイのあんな姿を誰にも見せたくなくて。本番までいかなかったらデータを渡さなくて済むことが多かったから!」 「それで、俺を追い出したんですか?」  正臣が頷いた。 「でも、あいつらがお前がレスラーだってどこから調べたらしくて、データ渡せって言い出したから……」  床に散らばったSDカードの破片が目に入る。 「俺を、守ってくれたんですね」 「まあ、あっちもあんまり事を大きくしたくないだろうし、報復もないと思うから、安心して。カイ……嫌いになった?」 「嫌いになんか、なれないですよ」  泣きそうな顔をした正臣は、別人のようだった。  正臣も、俺と同じように無理をして生きているのかもしれない。 「俺はあなたに、救われたんです。だから別に、そんな動画データなんて渡せばよかったのに」 「嫌だ。カイは俺のものだ。誰にも見せない」  自然に表情が緩むのを感じる。俺は膝をついて正臣を抱きしめた。 「俺を抱いてください。たくさん、俺を抱いて、愛してください。そして、俺を……もっとあなた好みに調教してください」  そっと、正臣がからだを離した。 「もうずっと、私好みの男だよ。カイ」  いつもの数倍優しいキスは、骨まで溶けそうなキスだった。 ◆ 了 ◆

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