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第6話:つながる、つなげる

「おい、呑気にモーニングセットか? ったく毎度毎度あんバターこぼしやがって」 「だってここのあんバター、量が多すぎて……」  目の前の椅子に鞄が置かれた。その持ち主を見上げつつ、僕はトーストをかじった。 「石川さんこそ、コーヒー本来の味を楽しむならブラックですよ」  コーヒーの上にそびえ立つ生クリーム、その量は半端じゃない。  石川さんは向かいの席に座ると、スマホをテーブルの上に置いた。 「コーヒーは甘くして、初めて完成するものなんだぞ?」 「いつもそれじゃ身体に悪いです」 「それ食べながら言われても説得力がないな」  そう言って意地悪な笑みを浮かべ、カップに口を付ける。僕はそんな恋人を見て、つい頬を緩めた。 「ところで、今日も遅いのか?」 「しばらくは終電覚悟ですよ、増税前の駆け込みが増えてますからね」 「なら、今日も会えないのか?」 「んー……」  せっかく付き合えたものの、お互い仕事が忙しくなってきて、会えない日が続いていた。夜会えないなら朝ってことで、こうして喫茶店で話してから出社するのが日課になりつつあるけれど、これはこれでお財布に優しくないし、困ったものだ。 「会えそうなら会いましょう」 「そういう答え方をするヤツは、だいたいその気がないヤツだ」 「いやほんっとに会いたいですよ? もっと一緒にいたいです」 「本当か? なら、一緒に住むか?」 「そうですね……って、え!?」  突然の提案に、僕は椅子の上で飛び跳ねた。 「そんなに驚くことか?」  石川さんはクスクスと笑いつつ、鞄から数枚の紙を取り出した。 「ほら、何件か目をつけておいた」  仕事ができる男は、こういう事も早いんだなと思いつつ、僕はその紙を受け取った。2LDKの物件情報を眺めると、つい色々と想像してしまう。 「いい笑顔だ、何を想像したんだ?」 「べっ、別に想像とかしてないです」 「小野はムッツリだからな~」 「違いますぅ! 堂々としてますぅ!」  朝から低レベルな言い合いをして、笑って、幸せを噛みしめた。 *** 「そういえば、なんで兄弟バラバラに引き取られたんですか?」  その日の夜、ベッドの中で尋ねてみた。何か特別な事情があったのかなと、ずっと気になっていたからだ。 「夏目棗なんてふざけた名前になりたくないからな、俺が全力で嫌がった結果そうなった」  石川さんは僕の髪を優しく撫でながらそう言った。意外にもそこまで深刻な理由じゃなくて、若干複雑な気持ちになる。 「へぇ~、営業の仕事をするとしたら美味しい名前なんですけどね。名前を言うだけで話題になるし」 「美味しいと思えるお前が羨ましいよ」  薄暗い部屋の中、窓からの優しい光が石川さんの横顔を照らしている。絵画みたいに美しくて、思わず見惚れた。 「ところで、明日も仕事なわけだが」 「そうですね、そろそろ寝ます?」 「そうだな、そろそろ寝なくちゃな」  と、言いながらふっと笑い、僕の上へ覆いかぶさってきた。 「ちょっと! 時間分かってます?」 「あぁ、分かってる」 「い、今からそんなっ……」 「そんなってなんだ? 何を想像した?」 「想像したも何もっ、ほらっ、手! 手!」  石川さんの手が、するりとパジャマに潜り込む。そっと触れる指先の感触から、ぞわぞわとした快感が生まれた。  慌ててその手を掴む。でも、そんな僕の両手をまとめて片手で持ち上げると、今度は首筋に唇を這わせた。 「ここ、弱いよな」 「ねっ、ちょっ……」  甘噛みするようなキスは、すぐに情熱的なものへと変わっていった。  耳の後ろを優しく触れるか触れないかのタッチで撫でながら、キスを首筋から唇へと移動させていく。とろけるような感触に全身の力が抜けて、下腹部に熱を生んだ。 「仕事熱心で、まっすぐで、いつも正直な気持ちをぶつけてきてくれるおまえが可愛くてならない」 「ん、……っん……あ」 「好きだ、小野っ……おまえが好きだ」  僕も好きだと答えたいのに、ただただ喘ぐことしかできない。石川さんにしがみつき、与えられる刺激を全身で受け止めていく。やがて愛しさが膨れ上がり、名前を呼んだ。 「なっ、棗さ……っ」  もう夏目の声はしない。 「それは桃李のことか、それとも俺のことか」 「石川さっ……分かってるくせにっ」 「あぁ、そうだな、ありがとう」  もう重ならない。だって、僕の中はこんなにも『石川棗』でいっぱいなのだから。  石川さんが微笑み、優しく僕の髪をかきあげる。息の仕方を忘れてしまうほどの激しいキスに、僕はそっと目を閉じた。 ***  夏目と出会わなければ、家づくりに興味を持たなかった。家づくりに興味を持たなければ、この仕事に就かなかった。この仕事に就かなければ、石川さんと出会うこともなかった。  全てが繋がって、僕たちは一緒にいる。 おわり

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