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鑑識課は眠親衛隊
「…はあぁ」
望月は大きなため息をついた。
敬愛する茨城主任の髪を触れるようになって数週間。毎日が満ち足りた日々を過ごしていたのだが…
「どうした?望月。そんなでっかいため息なんかついて」
「あ、先輩。聞いて下さいよ」
望月の隣りの席で仕事をしていた先輩の一人が望月の様子を気にとめ声をかけてきた。
「ん?どうした?」
「さっき茨城主任に『これからは自分で髪を結び直すから、もうやらなくていいぞ』って言われたんです、オレの唯一の楽しみだったのに…。それが無くなってしまったんですっ」
「なんだって?それは一大事じゃねえか」
「ん?なんだ?どうしたんだ?」
「なんだ?なんだ?」
すると二人の声に反応し、周りの席の先輩達も仕事の手を止め二人の会話に入って来た。
「それがよ、望月が主任の髪直さなくていいって言われたらしくてよ」
「え?それヤバくねえか?寝起きのあの髪の事だろ?」
「ああ、あの可愛い寝癖ちゃんね」
「は?ちげーよ!色っぽい乱れ髪だろ」
「どっちも正解。時に可愛く…時に色気たっぷり…」
と、各々が茨城主任の寝起き姿の印象を熱く語っていると先輩の一人が話を戻した。
「その乱れ髪の茨城主任を望月のお陰で、オレ達鑑識以外の奴らに見られずに済むようになったんじゃねえか」
「…ああ、望月がうちに入るまで野放しだったからな…」
「俺達、不器用だし。主任に言ったって気まぐれに直したり直さなかったり…」
「直さなかった時のあの人のガードにどんだけ苦労したかっ」
「それが望月のお陰で解消されたんだよなぁ」
皆がその時の事を思い出しため息をつく。そんな中、望月だけは自分の役割に満足気だった。
「恐縮です。でもオレ楽しんでやってました♪茨城主任の髪キレイだし、触り心地いいし♡」
「いいよなあ、羨ましい…」
「くっそー、俺も、触りてぇーっ」
「それは望月の役得。触りたければ自らの腕を磨き…」
「うっせー。それが出来りゃあ、やってんだよっ」
「で?主任が望月にもうやらなくていいって言ったって?」
またしても話が逸れそうになるのを戻す。そういう役割の先輩らしい。
「あ、そうなんですよ!聞いて下さいよ!今日も主任、仮眠室に行ってたじゃないですか。それで戻って来たら髪がきちんと結び直してあったんです。いつも通り主任の側に行ったオレはびっくりですよ。それを見た主任が笑って『今まで悪かったな、これからは自分でやるから』って言ってたんです、ひどくないですか~?」
「ひどいかどうかは別にして…。おい、今日の仮眠見張り係は?」
「あ、俺、俺。そう言えばカーテン開けて出て来た主任は入る前と同じだったような」
「ような?ちゃんと見とけや、てめぇ」
「見てたよ。今日の寝起き主任も可愛いかった♪」
「次は俺の番。どんな主任が見られるのか…」
「お前らな、見張り係の意味を履き違えてんじゃないよ。寝ている主任に不埒な輩が近付かないようにする為だろう」
「そうだけど、見張り係の特権と言えば主任の寝顔だろう?そう言うお前だって見てんじゃないのか?」
「………見てなくはない」
結局、皆が皆1度は主任の寝顔を見ているのだ。ただ髪の毛直し係の彼は…
「先輩達ズルいです。オレも主任の寝顔見たい!」
「てめぇは、主任の髪触ってんじゃねえかっ」
「それはそれ、これはこれですよ!でも今度から髪に触れなくなるんだから、オレにも見張り係やらせて下さいね!」
「それなんだよね。何で主任は急に自分でやるって言い出したんだろう?」
「あ、オレ心当たりありますよ」
「…あるなら先に言えよ。で?なんでなんだ?」
「この間、オレが主任の髪を結び直している時、都筑監察官が見てたんです。その時ちょっと険しい顔してたんですよ。その後主任と隣りの部屋で話してましたし、きっとその時、都筑監察官に茨城主任は何か言われたんですよ!」
「…う~ん。その可能性は高いな」
「…でも主任だぜ?人の言う事ホイホイ聞くような人じゃないだろう」
「それもそうなんだよな」
「でも都筑監察官がうちに来てから主任変わった気がするよ。可愛いさが増したって言うか」
「それは俺も感じた。」
「あ、俺、主任が都筑さん、誘ってるの見たよ」
「はあ?誘うってなんだよ?主任が都筑のヤツと出掛けたってのかよ?」
「おいおい、仮にも上官にそれはないだろう」
「はん。俺達の主任に手を出すようなヤツなんざ知るかよ」
「…主任、都筑監察官の事が好きなのかな」
「ええ?そんなのダメです!主任は皆の、鑑識課のアイドルなんですから誰かを好きになったらいけません!」
「そうだ!たとえ都筑監察官が来てから可愛さが増したとしても!」
「そうだよ。たとえ都筑監察官を遊びに誘ったとしても!」
「そうだな。たとえその後の主任が都筑監察官といる時、妙に嬉しそうだとしても!」
「って、それはもう確定じゃねえのかよ」
「イヤです~~~~~っ」
と、収まりのつかない騒ぎになっている時、静かで冷ややかな声が聞こえてきた。
「キミ達、随分と楽しそうだね。今は就業時間中だったと思うけど?」
「……つ、都筑監察官」
「…や、ヤベっ」
「すみませんでしたっ」
慌てて自分達の席へと戻る面々に都筑が告げる。
「茨城はキミ達のアイドル卒業だよ」
と爆弾発言をし一瞬小悪魔的に微笑んだ都筑は、クルリと背を向け鑑識課を出て行った。
後に残された者達はまたしても蜂の巣をつついたような騒ぎとなったのだった…。
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