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保護者と信者
式部副総監は車の後部座席でソワソワとしていた。
(…輝矢。君が気を許している人とは、どんな人だろうか)
数時間前――。
「―――私からの報告は以上です。」
警視庁副総監室で、監察官室室長である都筑輝矢が定例報告を終え手元の書類から式部副総監に視線を向ける。
いつもと僅かだが雰囲気が違う輝矢に式部が気が付き声をかけた。
「ああ、御苦労様。ところで都筑君、最近何かあったのかね?」
「え?」
「いつもと少し様子が違うような気がするのだが…」
「…!い、 いえ何も。ボクはこれで失礼します」
そう言うとホンの少し顔を赤らめた輝矢は式部に追及される前にさっさと退室してしまった。
輝矢の後ろに控えていた理事官も会釈をし後に続こうとしたが、式部が呼び止める。
「藤沢理事官、君に聞きたい事がある」
「はい、何でしょうか」
藤沢が振り返りそう答えると、式部の側に控えていた補佐官が代わりに部屋を出て行った。
式部の意を汲み輝矢に伝えに行ったのだろう。
パタンと扉が閉まると式部は切り出した。
「輝矢の事だが、最近あの子に何かあったのかね?」
「ご自分でお聞きになればよろしいのでは?」
藤沢は元々は式部の補佐官をしていたのだが、輝矢が監察官室室長になった時に式部の推薦で輝矢付きの理事官になった。
今はすっかり輝矢信者である。
よって元上司の質問だと言うのに素っ気ない返答をする藤沢だった。
「今のを見ていただろう?私の質問にあの子が素直に答える訳がない。その点、君は輝矢の側にいつもいるのだから何か知っているのではないか?」
「ええ、勿論です」
「やっぱり知っているのだな。だったら教えて欲しい」
「それは出来ません」
「何故かね?何か私が知るとマズイ事でもあるのかね?」
「そうですね。都筑室長が困ると思われます」
「…え」
思いも寄らなかった藤沢の答えにおろおろと困惑する式部。
それを見て藤沢の口角が少し上がった。
「とは言え、式部副総監は都筑室長の保護者でもありますし、やはりお耳に入れておきたいと思います」
表情を変えぬまま淡々と話す藤沢に、それを聞く式部はホッした様子で先を促した。
「ああ、よろしく頼むよ。それで?輝矢に何があったのかね?」
「都筑室長は今、鑑識課に監察に赴いております」
「ああ、それは聞いている」
「そこである方と出逢われました」
「え?それは誰かね?」
「鑑識課の茨城眠主任です」
「…茨城 眠」
初めて聞く名前を呟くと式部はその彼と輝矢の関係が気になった。
「その茨城君と輝矢がどうしたのかね?」
「とても良好な関係を築いているようです
。私から見ても都筑室長が気を許されているようにお見受け出来ます」
「…あの輝矢にそんな人が出来るなんて」
警察学校の頃から輝矢を見て来た式部だが、そんな話が出たのは今回が初めてだった。
感慨深く感じた式部は『茨城眠』と言う人物に興味が湧いてきた。
「その茨城君とは、どんな人物なのかね?」
「それはお答え出来ません」
またしてもピシャリと断られ戸惑う式部。
そんな式部に内心細く笑む藤沢。
「私の今の直属の上司は都筑室長です。都筑室長以外の質問、命令はお受け出来ません。それに都筑室長は詮索される事を好みません。今、一番詮索されたくないのは茨城主任に関する事だと思われます」
「…う、む。…そうか」
藤沢の正論とも言えなくない言に項垂れる式部だったが、
「ですが、式部副総監がご自分でお調べになられるのであれば、都筑室長も意見される事はないでしょう」
「そ、そうだな。では私が直接、茨城君に会いに行こう」
藤沢が少し後押しすれば、すっかり気分も上向き自ら動く気になってしまった。
「藤沢君、ありがとう。時間を執らせて悪かったね」
「いえ、では私はこれで。失礼致します」
式部の柔和な人のよい笑顔に見送られ、藤沢は会釈をして部屋を退室した。
(相変わらず可愛いお人ですね)
部屋を出た藤沢はクスリと笑う。それを部屋の前で待機していた補佐官が見咎め声をかけて来た。
「…先輩。また副総監に何かされたのではないでしょうね?」
「ふふ、どうだろうね?」
藤沢が意味ありげに視線を流すと、補佐官は慌てて扉をノックし部屋に入室して行った。
「…さて、私も早く室長の元へ戻るとしましょう」
そう呟くと藤沢はいつものポーカーフェイスに戻り監察官室に向かって歩き出したのだった。
数時間後――。
「茨城君」
眠が警視庁の正面玄関から出て少し歩いた所で壮年の男性に声をかけられた。
「…えっと」
見覚えのある顔。少しの間、考え込むがすぐさまその人が誰だか思い出した眠が驚きの声をあげる。
「え、あ、式部副総監?!ですよね。失礼致しました」
「ああ、私の事を知っているのだね。こちらこそ急に声をかけて悪かったね」
優しい笑顔で話かけてくれる式部に眠の緊張は少し和らいだが、何故自分が声をかけられたのか分からない。
「…いえ、あの、私に何かご用でしょうか?」
「そうだね。この後、時間はあるかな?少し話をさせて貰いたいのだが」
「あ、はい。大丈夫です」
眠がそう答えると式部は頷き、眠と近くのカフェへと入って行った。
数十分後、眠とカフェの前で別れた式部は待たせていた車に乗り込むと、座席に深く座り一息ついた。
(…いい青年だったな。彼にならあの子を任せられそうだ)
静かに走り出した車。式部は窓の外に顔を向け、この先の二人を思い微かに笑みを浮かべたのだった…。
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