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監察官室の信者達
「『これ、都筑に渡しておいてくれよ』」
自分の席で書類に目を通していた都筑。
この監察官室にいるハズのない人物の声が頭上から聞こえ、ペンを持つ手が止まる。
「…え?」
「と、先程、鑑識課の茨城主任より、こちらをお預かり致しました」
都筑が顔をあげると目の前に立っていたのは藤沢理事官で、その藤沢がそう言って小さな包みを机の上に置いた。
「…さっきの声はキミ?」
「はい。そうですが、何か?」
「…何、その無駄に上手い声帯模写」
「恐縮です」
都筑は呆れたように言ったのだが、藤沢の方は謙虚な受け答えの割りにしれっとした態度だ。
「…はあ。…で?これは?」
ため息をひとつ溢す都筑。が目線はチラチラと包みを指し何処と無くソワソワしている。
「『都筑が好きなモノだって聞いたから』
と、おっしゃってました。室長がお好きな物のようです」
「ちょっと、もうその声真似やめてよ。…ボクが好きな物?何が入って…」
藤沢を一睨みし、都筑は包みに手を伸ばして中を覗いてみた。
中には、淡く色とりどりの星のようなお菓子が詰まった可愛らしい瓶が、ラッピングされて入っていた。
「…金平糖?!……茨城、誰に聞いて…」
思わず呟く都筑の頬がほんのり色づいていく。
一瞬、目を瞠った藤沢だったが、すぐに表情を戻しその問いに答える。
「『式部副総監から、都筑が好きなモノだって聞いたから』と茨城主任が言っておられましたよ」
「……え?…式部副総監?…あの人と茨城がなんで?……藤沢」
「はい」
「…キミ、何かした?」
式部の名前に戸惑う都筑だったが、思い当たる事があったので藤沢を睨みつつ問いかける。
「いいえ。私は何も」
だが、やはりと言うか藤沢は動じない。それどころか微笑ましいと言わんばかりの目で都筑の睨みに応じた。
「…もう、いいよ。ボクは少し休憩に行ってくる」
藤沢に聞いてもムダだと察した都筑は、包みをそっと持ち席から立ち上がる。
「おや、こちらで召し上がらないのですか?」
「っ、なんでここでっ。…ちがっ、休憩に行くって言ってるだけだけど」
取り繕おうとする都筑に、ふっと笑みを浮かべる藤沢。
「そうですか。行ってらっしゃいませ」
「……」
めずらしい藤沢の笑みに見送られ、都筑は憮然とした顔で―だが色づいた頬のまま―監察官室を出て行った。
「ふふっ」
笑いを溢した藤沢が自分の席に戻ろうとすると、
それまで二人のやりとりを固唾を飲んで見守っていた他の監察官達が、一斉に騒ぎだした。
「見ましたか?あの都筑監察官が、ほんのり頬を染められていましたよ」
「見ました!見ました!あのようなお顔初めて見ました」
「私、見られませんでした。悔しいですっ」
「あの都筑監察官が…。以前はあんなお顔をされる事など無かったというのに」
「まさに、まさに」
監察官達が一様に頷きあい、少し前の都筑との違いを考察する。
「以前の都筑監察官は笑われる事もありませんでしたな」
「ええ、常に真摯に仕事に向き合い、その姿勢は凛としていて、我々の長としてとても誇らしい方でありました」
「ただ、それ故に近付きがたいものがありましたけどね」
「そうですな。ですが、そこが良いとも言えます」
「私もそう思っておりました。でも都筑監察官は変わられました。それは確かに以前のあの方とは違いますが私は好ましく思っております」
「うむ、うむ」
監察官達が都筑の話で盛り上がっている様子を、藤沢は自分の席に戻り黙って聞いていた。
「やはり都筑監察官が変わられたのは、あの日からですよね」
「あの、いつになくイライラされていた日ですな」
「あの時は我々に何か落ち度でもあるのかと、戦々恐々としてましたよ」
「ですがそれは杞憂だったようですね。休憩から戻られた都筑監察官はどこか嬉しそうでした」
「そうです。嬉しそうだったのです。私、あんな都筑監察官は初めて見ました」
「私もです。しかも戻られた都筑監察官は、仕事を残されたまま、お帰りなられた」
「…あれは驚きでしたね。あの都筑監察官が仕事を残されるなんて…。一体、都筑監察官に何があったのでしょう」
「考えられるのは、少し長めにとられた休憩時間でしょうか」
「…休憩時間」
「…そう言えば、都筑監察官が休憩に行かれている間、藤沢理事官も席を外されていたように思います」
「藤沢理事官が?もしや何か知っているのでは…」
「藤沢理事官」
監察官の一人が藤沢を呼び、皆の視線が藤沢に集まる。
「はい。何でしょう」
だが、藤沢は特に慌てる事もなく平然と応対する。
「話は聞いていたね?君はあの時、席を外していたようだが何処に行っていたのかね?」
「都筑室長の戻りが遅かったので探しに行っておりました」
「見つかったのでしょうか?」
「はい」
「都筑監察官は何処におられたのかな?」
「仮眠室です」
「仮眠室?では都筑監察官はお休みになられていたという事ですよね」
「お休みされた方が嬉しそうなお顔で戻られたり、そのまま帰宅されたり?」
「一体、どういう事なのでしょう…」
「藤沢理事官、何か知らないのかね?」
「知っております」
「知っているなら、話してくれませんか?」
「ふふっ。皆さん、下世話ですよ」
藤沢の意味深な笑みと、発した言葉に、一瞬静まり返る監察官室。
意味を察した監察官達が、顔を赤らめ動揺し大騒ぎとなった。
暫くその様子を見守っていた藤沢が口を開く。
「はいはい。お静かに。都筑室長だって成人男子です。そういう行為があっても何ら問題はありません。まあ場所は弁えて頂きたいですが。それとも貴方方はそんな些細な事で都筑室長を見限ると言うのですか?」
監察官達の答えは「否」だった。
「ありがとうございます。では、私達の大切な室長の幸せをこれからも全力で守って行きましょう」
藤沢の巧みな話術に乗せられ監察官達から歓声があがる。
そして信者達の結束は固まり、都筑と茨城の仲は生暖かい目で見守られる事となったのだった…。
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