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親衛隊vs信者

藤沢は都筑輝矢監察官室室長の理事官である。 清廉潔白な都筑室長を崇拝しており信者である事を自負している。 そんな彼が、都筑が監査の為に外出するのを送り出した後、少しの休憩を取る為に休憩室へ行った時の事だった。 中から先客達の声が聞こえてきた。 「…先輩、オレ、この先 何を楽しみに生きて行けばいいのか分かりません」 「俺もだぜ、望月」 休憩室にいた二人のうちの片方は、鑑識課の新人・望月だった。 配属後すぐに茨城主任の容姿&人柄に惚れ込み、鑑識課が茨城の親衛隊であると知ると即入隊を決めた。 もう一人は望月の先輩。茨城主任親衛隊の初期メンバーである。 「まさか主任が、誰かのモノになってしまうなんて…」 「ああ。それも相手はあの冷徹鉄火面の都筑監察官だってよ。ぜってー、弱味を握られたにチゲえねぇ!」 「先輩、オレもそう思いますけどココでその発言はヤバイですって」 「う、そうか。ヤツは神出鬼没だからな。せめて鑑識課に戻ってからにすっか…」 と、二人が会話の内容のまずさに周りを気にした時、急に二人の側に立つ人影があった。 「お疲れ様です。鑑識課の方ですよね?」 「うわっ、ビックリした」 「な、なんだ、お前は」 いきなり声をかけられ驚く二人に、藤沢はいつものポーカーフェイスのまま、淡々と話し出した。 「これは、失礼致しました。都筑室長の御名前が耳に入ったので、つい声かけをしてしまいました。私、監察官室の藤沢と申します」 「え?監察官室?」 「ゲッ」 慌てふためく二人。とっさに藤沢から距離を取ろうとしたが、藤沢は自然な動きでその距離を詰める。 「そんな風に引かれる必要はありません。ただ少々、監察とは関係なく私個人の見解としてお話させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」 「監察とは関係なく?…じゃあ、少しくらいなら…」 「お、おいっ、望月。やめとけよ」 「なんでですか、先輩。この人、ただ話をしたいって言ってるだけじゃないですか」 「バッ、お前、騙されんな。そんなの監察官のヤツラの常套手段に決まってんだろ」 「え、そうなんですか?」 「いいえ、そのような事はございません」 「だ、そうですよ。悪い人ではなさそうですし、少しくらい話聞きましょうよ」 「なっ、バカ望月っ!俺は、知らねぇからなっ、勝手にしろっ」 と、先輩の彼は突き放すように言い放ったのだが、怖いもの知らずの新人を心配してか、結局彼もまたその場に残ったのだった。 「お話と言うのは、都筑室長の事です」 「ぁ、あー、すみませんでした。俺達、悪気があって都筑監察官の事言ってた訳じゃないんです。ただ俺達の大事な主任の事だったんで、つい言いすぎたって言うか」 「いえ、お気持ちは分かりますのでその件は大丈夫です。まあ誰が聞いているか分からない所での発言は控えた方がよろしいかと思いますが」 「……ですよね」 「ところで、先程のお二人のお話の中で、うちの室長がそちらの主任の弱味を握って室長のものにした、と仰っていたようですが、それは事実ですか?」 質問の矛先がさっきの自分の発言に向いていてギョッとする先輩の彼。 「え、あ、それは事実…と言うか、俺の憶測と言うか…」 「本当にそうだと思ってた訳じゃないですよね、ね、先輩?」 「あ、ああ。ただそんな事でも無ければ、主任が都筑監察官と付き合ったりしねえだろうな、と思っただけで…」 「せ、先輩っ!」 浅慮すぎる先輩の言葉に焦る望月は、チラリと藤沢の様子を伺う。 藤沢の表情に変化はなかったが、若干呆れているようにも見えなくもない。 「憶測だったのですね。まあ、うちの室長に限ってそのような事はないと信じておりますから、本来なら確認をするまでもないのですが、ただ、お相手の茨城主任の部下の方々にそのように思われているのは心外でしたので質問させて頂きました」 「…はあ~。藤沢さんはスゴく都筑監察官の事を信頼してるんですね」 「勿論です。私にとっても室長は大事な方ですから。望月さんは茨城主任の事を信頼されてないのですか?」 「え?俺?モチロンしてますよ」 「ですが、茨城主任が室長とお付き合いされる事にご不満があるようでした」 「それは信頼と別って言うか、ファン心理って言うか。あ、都筑監察官が相手だから不満って訳じゃないですよ?きっと誰が相手でも不満」 苦笑いをする望月に、藤沢は更に質問を重ねる。 「室長以外の方でしたら不満に思われても仕方ないと思います。ですが室長がお相手でもご不満に思うのは何故ですか?」 「だから都筑監察官は関係ないんですって。茨城主任の相手ってのがイヤなんです」 「俺は都筑監察官だから嫌なんだがな」 と小声で言う先輩に「もう、先輩」と困った顔で同じく小声で咎める望月。 「茨城主任のお相手だから嫌…ですか。私なら室長のお相手に不満はありません」 「え?誰でも、ですか?」 「はい」 「例えば、先輩でも?」 「おいこら、望月!」 「はい。都筑室長が選んだ方ならどなたでも不満はありません。ただ、彼が選ばれる事はないでしょうが」 「な、てめぇ。こっちがお断りだ!」 「まあまあ、先輩」 引き合いに出した本人が宥める。 藤沢も選ばれれば認めるが先輩は選ばれないと言いきり切り捨てる。…多少、都筑への暴言を根に持っていたようだ。 「…俺はやっぱり、イヤですね。信頼して敬愛してるからこそ、まだ誰のモノにもなって欲しくないです。俺達の、鑑識課だけの茨城主任であって欲しい。いつかは誰かのモノになるとしても、今、はイヤです…」 「……望月」 二人が茨城と自分達の関係や想いに感極まっているというのに、藤沢の言葉は容赦ない。 「ですが、それは我が儘と言うものです。大事な方の幸せを願うのが下に支える者のすべき事なのでは?」 「幸せなら願ってますよ。でもそれは他人の手ではなく自分達の手で主任を幸せにしたいんです!」 「驕り昂りですね。都筑室長よりご自分達の方が茨城主任を幸せに出来るとでも言うのですか?」 「で、出来ると思ってます」 「はぁ、身の程を知るべきですよ。室長程の方がいる筈もありませんし、ましてや貴方が室長の足元にも及ばない事は明白です」 「そんな事、あなたに決められたくありません!」 「決めたのではありません。只の事実です」 一触即発な場の雰囲気に、数秒の沈黙が流れる。 だが、その場の雰囲気を変えたのも、ひとつ息を吐き出した藤沢だった。 「…失礼しました。少し感情的なっていたようです。誤解がないようにして頂きたいのですが、私は都筑室長の事は勿論、室長が選び、良い意味で室長を変えて頂いた茨城主任の事も幸せになって欲しいと思っております」 ホンの少し表情の和らいだ藤沢が、鑑識課の二人を正面から捉え自分の気持ちを告げる。 その視線をしっかり受け、望月達も応える。 「…俺はあなた程、都筑監察官の事を知ってる訳ではありません。だからもし、茨城主任を泣かせるような事があったら許さない、です」 「それは杞憂に終わるでしょう。長居をしてしまいました。私はこれで失礼致します」 軽く会釈をし、藤沢は休憩室を出て行った。 残された二人から張り詰めていたモノが吐き出される。 「……どっと疲れました」 「…俺もだ。だけど、望月すげぇな。アイツに負けてなかったぜ」 「…そうですか?いっぱいいっぱいでしたけど」 「いいや、ガンバってた」 力なく笑う望月の背を元気付けるように叩く先輩。 「癪だけど、主任達の事は見守るしかねぇな」 「…そう、ですね。結局、茨城主任が笑ってくれている事が俺達の望みですから」 そう再確認して二人は、少し長めの休憩を終えたのだった…。 「…望月さん、でしたか。あんな必死に食らいついてくる子は貴重で、面白いですね」 藤沢の呟きに、望月の背筋に悪寒が走ったかどうかは定かではない。

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