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第1話

 サラリーマンというには、あか抜けた感じの男で、小綺麗な見た目をしていた。中性的とは違うが優男風で整った顔。顎が細いからそう見えるのかもしれない。よく見ると、左右で二重の幅が違う。左の方がくっきりしていて、目の下に黒子がある。男なのに少し色っぽい。  暗いグレーのスーツは似合っているが、整髪料で整えられた髪型とあいまって綺麗に収まりすぎている感じもする。  竜我(りゅうが)はタバコを吸いながら男を値踏みする。  事務所のソファに腰かけて向かい合った二人の間にはガラス製のテーブルがある。そのテーブルに帯がついた札束が積まれることも仕事柄珍しくないが、今回の百万は帯がなく、部下の万治が二回数えて確認した。  この事務所に金を持ってくるのは、銀行への使いから帰った部下か、返済しにきた客だけだ。  この男はそのどちらでもない。  竜我はクリスタルの灰皿にタバコを押し付ける。  後ろに立つ万治に「水買ってこい」と命じる。一瞬迷ったようだが、すぐ事務所を出ていった。他の連中はすでに追い出してある。万治は子飼の腹心だから最後までいさせたがもういいだろう。  男、楠田一都(くすだかずと)は万治を怯えた目で見ていた。ここに来てすぐ「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!」と怒鳴られたせいでずいぶん萎縮している。ドアが閉まり、万治が姿を消すとあからさまにほっとした顔になり、笑いが込み上げる。 「俺より万治の方が怖いのか」  組員ではあり得ない話だった。  今年、三十五になる竜我は兼平組の幹部だった。それでも、確かに集まりでもなければシャツにジーンズという出で立ちなので、よくも悪くも古きよきヤクザ風の万治の方が見た目のインパクトは強い。  楠田は竜我の問いかけに「はい」と馬鹿正直に答える。  この男は自分を売り込みにきた。しかも舎弟になりたいという話ではなく、竜我の情婦になりたいと言ってきたのだ。万治がキレるのもわかる。  男を抱く趣味はないが、女相手でも殴らないと興奮しない竜我に決まった相手はいなかった。 「百万で俺のちんぽ一年借りたいって話だよな」  楠田のシミひとつない頬がじわりと赤くなる。肌が白いから紅潮が目立った。 「ダメ、ですか?」  緊張なのか恥ずかしさなのか声が震えている。 「俺、殴らねえと興奮しねえんだけど」  言い寄ってくる女もこれを言えば大抵引く。  だが、楠田はごくりと喉を鳴らす。合点がいく。どうやら真正のドMらしい。竜我の悪癖はシマの風俗店では有名な話だ。すでに楠田の耳に入っていたのだろう。 「……一ヶ月なら考えてやる」 「え」  大幅に期限を削る。  百万で一ヶ月。一日三十万とちょっと。竿の値段にしては高すぎる。  さすがに楠田の顔が強ばる。だが、考えるように瞳をさ迷わせ「一ヶ月、いいんですか」と聞いてきた。  変なやつ。一ヶ月くらいなら男を抱いてみるのも面白いかもしれないと思った。それに、殴られてもいいなんてやつは中々見つけられない。  万治は最初こそ幹部の品位がなんだとぎゃあぎゃあ言いそうだが、竜我が決めたとはっきり言えば後は黙って従うだろう。  一回か二回抱けば逃げ出すような気もしていた。それで百万ならうまい仕事だ。こっちには何の不利益もない。 「具合がよかったら追加料金なしで延長してやる」  完全に上からの物言いにも関わらず、楠田は嬉しげに何度もうなずいていた。

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