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第1話 時代劇で侍役をやったそうです
エプロンを身につけキッチンに立った俺は、昼前に仕込んだカレーを火にかける。
朝から部屋の隅々まで入念に掃除をした。ベッドのシーツを洗い、ソファとマットレスは掃除機をかけ、ベッドフレームもぬれ布巾で綺麗に拭いた。ソファもベッドの下も埃一つない状態にしてあるし、布団もクッションも二日掛けて交代で干していたからふかふかだ。
買い出しも夕方のセールの時間に済まし明日の献立を考えた食材が冷蔵庫に入っているから、これ以上何もしなくてもいいようにしてある。
俺は、今日帰ってくるこの部屋の主人の帰還を待っていた。
と、その時玄関のドアを叩く音がした。
「は、はい!」
反射的に返事をしたが、首を傾げる。そもそもこのマンションはオートロックだし、部屋にはモニター付きインターフォンが設置されているので、普通ならドアチャイムを鳴らすはずだ。
もしや不審者か、とモニターを見ると見慣れた男の姿が映っていて安堵する。自分の鍵で開けて入ってくればいいのにと思うけれど、二週間ぶりの帰宅なので俺に迎えて欲しいのかもしれない。
俺は少し駆け足で玄関に向かい、ドアを開けた。
「一成さん、お帰りなさい!」
目の前に立っている男の顔を見て、自然と笑顔になる。
無造作ヘアという名の寝癖をワックスで撫で付けただけの長めの茶髪に、少しつり目の茶色の眼、鼻筋の通った均整の取れた顔。上背も一八〇センチあって、身体は定期的にジムに通っているから引き締まっている。
この完璧な見た目の男と俺は恋人で、一つ屋根の下で同棲をしているのだ。数ヶ月前の自分が聞いたら絶対に信じないと思う。
見上げた俺と目が合った瞬間、一成さんは俺を強く抱き締めた。二週間ぶりの恋人の温もりと感触に感情が高ぶり──かけたその時。
「ずっとお目にかかりとう御座った……お倫殿……!」
「お倫って誰だーッ!」
思わずツッコミと同時に身体を全力で押し返した。
「お倫殿、何故……? 会いたいと文を送って下さったのは偽りで御座ったのか?」
「お倫じゃなくて倫太郎! 文じゃなくてメール! それよりまずなんでござる口調なんですか……!」
ツッコミを入れている間にぐいぐいと一成さんは俺の肩を押して部屋に入っていく。
「ちょ、一成さん……! ちょっと待ってっ……!」
あれよあれよという間に今朝綺麗にしたソファの上に押し倒された。覆い被さる一成さんを見上げ、思い詰めたような表情にどくんと心臓が強く脈を打つ。
「お倫……」
俺は一成さんの顔が近付くのを感じて、静かに目を閉じた。
一成さんが家を空けて二週間、一度だって恋しくなかった日は無かった。毎日会いたいと想いを募らせて、今日という日が来るのをただ待っていた。
「俺の作る料理で何が一番好き?」って聞いたら、「カレー」って答えた日から、俺は一成さんが帰ってくる日はカレーを作ることにしている。だって、俺の作る適当料理を「美味しい」って言って食べてくれる一成さんの笑顔が見たいから。
唇を押し付けるように重ねられる。余裕が無いのか、俺の口を無理矢理割って舌が挿入ってくる。
上顎を舌で撫ぜられ、くすぐったいようなぞわぞわする感覚に耐えられず一成さんの肩を掴んだ。
「ん……ふ、ぁ……」
パーカーの下に一成さんの手が滑るように入ってくる。脇腹を撫ぜられただけなのに、身体がぴくと反応してしまう。
「っ、あ……」
胸の真ん中で愛撫を期待するように上向いていた突起を指先で軽く爪弾かれただけで、俺は甘い声を漏らし身悶えた。二週間触れられなかったせいで、酷く感じやすくなってしまっている。
「滑らかな白磁に桜の花弁を落としたような美しさだ」
俺のパーカーを捲りあげて、一成さんはエプロンの間から覗いた胸を見て、そう溜息を漏らし呟いた。
普通は歯の浮くような台詞だと思うだろう。しかし一成さんの言葉は、真偽はさて置き、それを「真実である」として伝える説得力があるのだ。
だからその言葉を真に受けた俺は、顔を真っ赤にして恥ずかしさのあまり悶えるしかない。
一成さんが片方を指の腹で捏ね、もう片方を口に含むと、全身が火がついたかのように熱くなっていった。
「っ……一成、さ……や、ぁ……」
腹の下辺りに血が集まるような感覚とその奥で燻る何かから解放されたくて、俺は一成さんの後ろ頭に手を添える。無理矢理引き剥がせるほどの抵抗する力は無いし、そもそも本当にやめて欲しいのかと言えば、そうでもないからだ。
「如何して欲しいか、乞うて御覧」
俺を見下ろす瞳が鋭く光る。まるで俺の喉元に刃を当てているようだった。俺は喉を上下させて、今の一成さんに響く言葉を探した。
「……一成さんの、剣で貫いて欲しい、です」
武家の娘がなんて言っていたかなんて俺には皆目検討がつかないけれど、少なくとも一成さんの心には響いたようだった。一成さんは俺の穿いていたジーンズを下着ごと一気に引き下ろす。
露わになった俺の中心は頭を擡げ、透明な液体が尖端を濡らしていた。
「何と淫らで美しい花で御座ろうか」
俺の片脚をソファの背の縁に引っ掛けるようにして開かせて、後ろの秘部が曝け出される。一成さんの唾液で濡らした指がそこに触れると、欲しがるように卑猥にひくついた。
「っ……ぅ、ん……」
ゆるゆると挿入っていく指に、一成さんは目を丸くして僕を見た。
「ああ、何と……」
気付かれた。どうせ気付かれるとは思っていたけれど。
「……俺だって、一成さんに会いたかったし、寂しかったんです、ちゃんと。だから掃除もして、ご飯も作って……」
でも、やっぱり恥ずかしいことには変わりなくて、俺は顔を逸らし、片手で顔を覆った。
「身体だって……綺麗にして、準備して待ってたんですから」
これ以上顔を見られると羞恥で死にそうだ。俺は一成さんの首に腕を回し、ぐいと引き寄せて抱きついた。
「だから二週間分……ちゃんと、抱いてください」
俺の言葉は一成さんの理性を吹き飛ばすには十分だったようで、下の方で衣擦れの音がしたかと思うと、脚の付け根のあたりに硬いものが触れた。
「ッ、んぅ……あ……!」
準備していたとはいえ、硬く張り詰めた竿を一気に根元まで挿し込まれて、全身を貫くような痛みに身を捩った。
「……痛い、か?」
一成さんの熱い吐息が耳に掛かる。俺は鈍い痛みを感じながら、小さく首を横に振った。
「嘘が下手だ」
そう言って、ふっと息を吐く。彼のいつもの笑い方に安堵し、顔を覗き込んだ。
──元の一成さんに、戻った。
「しかし俺も、今余裕がないんだ」
「……あっ……ふ、ん……」
腰を引き寄せられ、激しく何度も杭を打ちつけられる。そして食むように唇を重ねた。息が苦しくなり頭がぼうっとしてくると、上手く思考ができなくなって、羞恥よりも目の前の人との行為に夢中になっていく。
普段クールで感情の起伏があまりない彼が、本能を剥き出しにして俺の身体を貪るように求めている。その事実に、感情が昂って、堪らない気持ちになる。
と、頭から足の先まで電気が走ったかのような衝撃に身体を仰け反らせた。
「ッ……や、あっ……」
「ここ、倫の好いとこだろ」
「だめっ……ぁ、んっ……」
何度も執拗に性感帯を責め立てられ、律動に合わせるように腰が勝手に動く。まるで、彼の欲望を奥に誘うように。
「もっ、だめぇ……イっちゃう、からっ……」
「……ああ、俺も……だ」
眉根を寄せて俺を見詰める一成さんの切実な声と瞳に、胸の奥の方がきゅっとなって、抵抗する気もなくなってしまう。ただ、どうにかなってしまいそうな気がして一成さんの背にしがみつき、何度も押し寄せる快楽の波に身を委ねた。
「っあ、だめっ……も、だめッ……や、あッ……!」
目の前で何かが炸裂したかのように真っ白になった後、快感が突き抜けていく。気付くと俺はびくびくと何度も痙攣しながら、白濁を自分の腹の上に吐き出していた。
ぼんやりとしたまま恍惚として一成さんを見上げると、彼が俺の中に深く穿ちながら、短く息を切って身動いだ。中に飛沫が放たれるのを感じて、びくんと身体が反応する。
「……倫」
呼吸を整えながら、一成さんは僅かに目を細めて俺を見詰めた。
「ただいま」
息を吐き出しながら微かに口角を上げる。それが彼の笑顔なのだと俺は知っているから、どうしようもなく愛おしくて仕方がなくなる。
「……お帰りなさい、一成さん」
折角綺麗にしたソファに染みがついていることも、塵一つないほど磨き上げた床に散らばった洋服も、どうだって良い。
俺は家政夫で綺麗にするのが仕事。そして汚すのが愛する恋人だというのなら、何も苦にはならないのだ。
「カレーの匂いがする」
「あ、食べますか? もう出来てますけど」
ティッシュで身体を拭い、起き上がろうとした俺を一成さんは抱き竦めて、
「あと少しだけ、このままで居させてくれ」
と、そう呟いた。俺はその背に腕を回し「はい」と小さく頷いて、肩に顔を埋め目を瞑った。
一時間後、市販のルーに隠し味のインスタントコーヒーを加えただけの普通のカレーを一成さんは「美味しい」と言って食べてくれるのだろう。
俺は恋人が側にいるという幸いを、噛み締めた。
この物語は、何の変哲も無い笹目倫太郎 というフリーターが、売り出し中のイケメン舞台俳優、都築一成 と出会い、家政夫として、恋人として、同棲生活を送る普通の話だ。
ただ、一成さんの役を憑依させたまま生活する癖を除けば──。
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