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【8】幾度となく心に反響した矛盾

――日本最大の企業グループである朝比奈家の後継者候補は8人いた。 錦も当然その中の一人であり本家の一人息子と言う点では最も有力だった。 しかし、それは彼が7歳までの話だ。 錦は生まれて直ぐにして心臓に異常がみつかり、手術をした事が有ると母から聞いた。体が弱く、走ることを禁じられ活動範囲を制限されていたほどだ。 7歳の頃に心臓移植の手術を受けたが、『運良く』ドナー提供があったのは一族内で『融通』を利かせた結果だ。 朝比奈家の当主、企業グループの総裁、幹部候補の権利を手放すことを条件に、有力な後継者候補であった錦はあっさり蹴落とされた。 父は錦が後継者候補から外される前から、母の反対を押し切り強引に養子縁組の話を進めていたと聞いている。 移植後、医師からは感染症にかかる事も拒絶反応が出る事もなく通常の生活に戻れば、今すぐは無理でも――走ることも問題ないとまで言われた。 ならばクタクタになるまで思いっきり走ってみたい。 太陽の下を長時間、限界を感じるまでこの足で歩いて好きな所へ行くのだ。 今までは止められていた事が、当たり前のようにできる。 夢のようだ。 そう、思っていた。 何一つ知らない愚かな子供だったのだ。 どんなに夢を見ようと現実は違う。 後継者候補の権利を手放し、新たな心臓を手に入れて錦の価値はなくなった。 健康に生まれ変わっていく体に比例し罪悪感がのしかかった。 両親の落胆ぶりは、生の喜び以上に苦しみを与えた。 後継者候補の権利を手放してまで錦を生かしたのに、何故そんな目で俺を見るのだ。 幾度となく心に反響した矛盾。 胸に空いた空洞はどんどん広がり、希望は剥がれ砂のように零れていく。 広がる空洞に空虚ばかりが満ちていった。 あのまま死んでも、こうして生きていても価値を失うのは同じならば、それを運命だと受け止める事は出来た。 しかし愛する人たちを落胆させている原因が己の存在だと思い知れば知るほど、生きている理由が分からなくなる。

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