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【24】『逃げずに待っててね』

「最初から君が目的って言ったじゃん。」 「それで、帰りにはお友達も連れてくるのか。」 「そして、みんなで君に厭らしい事をするの。大丈夫。初めは痛くてもすぐ気持ちよくなるからね。」 「小児愛好者の集いか。どうやって知り合うんだ?」 「はははは。本当に子供か?君は。大丈夫。僕一人だよ。だから、逃げずに待っててね。」 「テレビ見ても良いか?」 「良いよ。でも、エッチな奴はダメだよ。」 錦は笑いたくなった。実の母親の性交を何度も見ていると言ったらどんな顔をするだろうか。蛙がひっくり返ったような格好で夢中で互いの体を貪る滑稽さ。他人の体と繋がる歪さ。愛情もないのに、あんな事できるのか。いや、それを言うなら愛情が無くてもきっと家族という舞台で踊ることもできるのだ。 「どうしたの?」 「…いや、何でもない。行ってらっしゃい。」 「うん」 男の背を見送ったあとソファに凭れてテレビをつける。お料理教室、青春ドラマとチャンネルを変えながら、欠伸をかみ殺す。ニュースに切り替えリモコンをテーブルに置く。 暫く面白くもないニュースが続き、番組のキャスターが海の事故の注意を呼びかけ、終了。 行儀悪く舌打ちしチャンネルを変えると、殺人事件を取り扱った報道が流れている。 『――学校帰りのAさんに、母親の知人と名乗った男は言葉巧みにAさんを車に乗せ…』 一瞬、自分の事かと勘違いしそうになった。 画面に目つきの悪い中年と、笑顔の女子高生の写真がアップされる。 女子高生は絞殺後、遺体は山に捨てられたらしい。 ――山か。ここも山だな。それとも遺体遺棄するなら海だろうか。 それ始めた思考の軌道修正をして、いつ頃母親が異変に気が付くか予想をする。 夕食は使用人が、18時30分頃準備をする。その時点では母の姿はない。だからいつも錦一人で食事を済ませている。母が日中出掛けている日はだいたい帰宅時刻は22時か、23時ころだ。そして錦は必ず彼女を玄関まで出迎え顔を見せてから眠りにつく。いつものように、就寝前の挨拶に姿を見せない錦に不思議に思うかもしれない。 そこまで考え、首を振る。 駄目だ、余りにも都合の良い想像だ。 彼女は気が付かないだろう。 何時もなら、外出から帰ってきた親を出迎える子供が部屋から出てこない。または子供の靴が無い。通常子供に関心のある親なら些細な事であっても、いつもとは違う様子に気が付くかもしれない。しかし錦と母の関係では無理だ。靴はいつも収納しているが母が持ち主の不在を意識してシューズボックスの中を確認するとは思えない。 奇跡が起こらない限り違和感すら抱かないだろう。 関心があるのは、錦の方でしかない。 気が付くのは…明日の朝だろうな。 投げやりな気持ちで、自宅の様子を思い浮かべる。母より家事使用人が先に気が付くかもしれない。取り敢えず、錦の不在に気が付いたとしよう。終業式を終え自宅に帰った形跡が無い。クラスメイトに連絡をしてみるが、皆知らないと首を横に振る。最後に話した小太りの同級生は不審者の出没する中一人で帰宅したと証言。そうなれば家出よりも、事件に巻き込まれた可能性を考えるだろう。 『Aさんは明るくて優しい人でした。今でも信じられません。』 テレビ画面に視線を戻す。首から下を映された被害者の友人が、生前の彼女の様子を泣きながらしゃべる。そして、彼らの親が二度と帰らぬ子供を返してと訴える。 「返して、か」 ――父と母の取り乱した姿は想像できないな。 無感動にテレビ画面を見つめる。 誘拐犯の車に乗り込み、殺された被害者を悼むキャスターの声を聞きながら遺族の泣き顔を眺めた。

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