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【23】『なるようになるんだよ』

男の指示通りシャワーで汗を流し、いつの間にか用意された衣服を着ると思わず眉間にしわが寄る。誘拐された身だ。用意された着替えの衣服に対し、サイズが合わないからと言い服装の乱れは心の乱れとまでは言わない。 しかし、これは。 「なんてことだ。大きすぎる」 恐らく男のシャツだろう。サイズが大きく、首回りが大きくたわみ肩までシャツがずれ落ちる。ハーフパンツに至ってはウエスト部分から手を離した瞬間床に落ちる有り様だ。 両手でウエストをつかんだまま男の前にでるともう下は脱いじゃいなよと笑われた。 腹が立ったので、ハーフパンツを男に向かい投げつけると彼は我慢が出来ないと言う風に声を立てて笑う。 借りものの衣服で機嫌を悪くしても仕方がない。 無いものは無いのだ。サイズの合わないシャツを一枚着たまま食卓へ着く。 白いカヌーボールに盛り付けられた海老とトマトの冷製パスタに茹でたブロッコリーとミニトマトのサラダが並べられた。平生では口にしないものだ。男と向かい合い席につき食事を始めた。 「どう?」 「旨い。」 一言感想をのべると、男は嬉しそうに笑った。 そう言えば、学校以外の場所で誰かと食事をするのは随分と久しい。 こうして感想を言ったのも、それを聞き嬉しそうにする相手の顔を見ることも初めてだ。初めての相手が誘拐犯とは不思議なものだと、程よく熱の通されたブロッコリーを口にする。 目が合うと、男はほほ笑む。 少しだけ、居心地の悪さを感じる。 こうして正面から見ると男は、綺麗な顔をしていた。 女性的な柔らかさがある。 特に目だ。 大きな半月を思わせる胡桃色の瞳は、微笑んでいるような形をしている。 何故か初対面の男は、緊張感や警戒心を抱かせない不思議な空気があった。 「やっぱり育ちが良いね。食べ方が綺麗だ。それとも最近の小学校ってテーブルマナーとかも習うの?」 「いや、マナーの授業はまだ受けていない。…正直言うとフォークは慣れない。家では箸しか使わないから思ったより上手くいかない」 「ははは。僕も初めてパスタ食べたときパスタを多く巻きすぎたりでうまくいかなかったなぁ。でも錦君食べかた綺麗だね。」 「…素麺かと思った。」 「カペッリーニって素麺っぽいかな。可愛いし行儀も良いし話していて面白いし色んな所に連れていきたくなるな。夏休みはたくさんデートしようか。」 「出歩くとお前は困るんじゃないのか」 「なるようになるんだよ。」 にこやかに笑い、グラスにミネラルウォーターを注ぐ。今までの誘拐犯とは違い緊張感が無い。綺麗に平らげて、ミネラルウォーターでのどを潤し一息ついた。 「お腹いっぱいになった?もう少し何か食べる?」 「いや、もう満腹だ。ご馳走さま。」 手伝いを申し出た錦に丁重な断りを入れた男は洗い物を済ませ、時計を見ながら外出の準備をする。 「実は君の洋服配送センターの営業所留めにしてるんだ。本当は君がここに来る前に受け取る予定だったんだけどね。錦君疲れただろう?寝てて良いよ。」 僅かに目を見張った錦に男は笑う。前日、いやそれより前から衣類の準備までしていた。それを聞き、何故か背筋がひやりとした。最初から男は、錦が目的だと言っていたが改めてそのリアルさに触れた。 どうも、この男は誘拐犯らしくないのだ。この奇妙な違和感は何だろう。

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