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【34】 『必死になって、可愛い。』

「君は本当に可愛いね。君の話は完璧だ。誰もが羨む様な理想の家族だ。料理上手で綺麗で優しい母、忙しいのに君を大事にする父。良いね。素敵な話だ。ふふ。温かくて愛情に満ちていて、聞いてるだけで幸せな気持ちになる。それで?その話はさ、君の願望?君の健気な性格が良く表れている。」 「―――っ!」 「君、親と殆どコミュニケーション取ってないだろ。それか取りたくても取れない。」 錦の表情がすとんと無くなる。 しかし狼狽える事は無かった。 男は実験結果を見る様な眼で、錦の顔を見つめる。 ――揶揄われた。男に、遊ばれた。 そう感じた。 「必死になって、可愛い。」 錦は真っ直ぐ男を見つめ返した。 「最近は忙しいからな。仕方がないだろう。」 見破られた嘘を敢えてつきとおす。 そして、真実であるように振る舞う。 「ふぅん。」 前代未聞の最低最悪で恥知らずな法螺話を慌てて否定すれば、いっそうの恥をかくだけだ。幸いそれ以上の追及はなかった。 興味がないのか、男なりの優しさかは不明だ。 錦は席を立ち食器を重ね、流し台まで運んだ。料理の手伝いは一度火事を起こしかけたので、させて貰えないが皿洗いなら手伝うことを許されている。もっとも皿を割ってはいけないので、男が洗い錦がそれを拭いて二人で食器を片付けるのだ。 「明日から和食にしようか。」 「何故?」 「洋食苦手そうだから。夕飯や昼食の時は平気そうだけど、朝食だけは和食の方がよさそうだね。」 「気にしなくても良い。パン食に慣れていないだけだ。お前の料理は旨い。」 男は君は良い子だね。と笑う。 先ほど浮かべた意地悪な笑みとは違う何時もの優しい笑みだ。 錦はほっとした。不思議と男の笑みを見ると安心できる。 男と離れるとき、きっと寂しいだろうなと錦はぼんやりと考えた。

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