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【33】当たり前だった
運動も成績も好成績を収めているし、音楽発表会で賞だって取った。
写生大会でも、優秀賞として廊下に飾られた事が有る。
全て事実だ。
事実でないことは、そのことを両親は知らない。彼らが知るのは成績表で評価された数字だけだろう。賞の数など、発表会の内容など知るはずはない。
父親に至っては一度も学校行事に参加したことは無いし、抱き上げられたなんて記憶にすらない。それが、錦の当たり前なのだ。
その当たり前を受け入れることができなくなったのは、錦が己の価値を喪失したと思い知った時からだ。それ以前の自分なら、今より幼かったが今と違い自信を持ち堂々と胸を張って一人で表彰台に立っていた。
側に居なくとも両親の期待が、愛情が関心があることが当たり前だったのだ。
「料理上手で美人のお母さんって羨ましいな。僕のお母さんはカレーにちくわ入れたり、何かあれこれ変なソース入れたりする人だったからなぁ。とんかつソース入れられたときは頭痛がしたよ。」
「楽しそうじゃないか。」
「いや、食べるとなると別さ。あれこれ手を加えるから味が可笑しいんだよ。錦君がうらやましい…。」
母親を褒められて自然と表情は緩む。
僅かに入る照れと、淡く浮かぶ幸せそうな笑みを男は瞳を細めて見つめてくる。
「でもさ。そんなとんでもない事を仕出かす母さんのお弁当でも、運動会の時ってやけに美味しく感じるんだよね。」
一人で食べようが家族が居ようが弁当の味は変わらないのだから、彼の言う「やたら美味しく感じる」意味が錦には分からない。
気分的な問題で何時もより旨く感じるのだろう。
要するに錯覚だ。
「不思議なものだな。」
錦にとって運動会の昼食など男のように感慨に浸るような時間ではない。
同級生とその保護者達の楽し気な声が幾重にも重なる中から抜け出して、職員室に預けていた弁当と水筒を受け取り、一人で中庭のベンチで食べるからだ。
校庭は運動会で使用するスペースを除き生徒とその家族で埋め尽くされている。
家族で使用できるスペースが無いから中庭には錦以外来ることは無い。
校舎に囲まれているから、校庭と違い直射日光を浴びることもないので涼しくて快適だ。
何より静かで良い。
「定番は唐揚げとタコさんウィンナーだよね。」
錦は答えず口元をナプキンでぬぐう。そう言えば、クラスメイトが同じような事を話していた。生憎、唐揚げもタコのウィンナーとやらも食べたことは無い。
食べたいと考えたこともない。
「あと、お握りに、リンゴの兎」
「そうだな。」
「君は何が好き?」
「…特に好きなものは無い。全部旨い。」
出される料理は皆、綺麗に整った見た目をしていて味も繊細で旨い。しかし、何が特別に旨いか、その中でどれが好きかと問われると「全て同じ旨さ」としか答えられない。
「詰まんない子だなぁ」
「もう良いだろう。」
いい加減うんざりして、話を終わらせようとした。
男はくすぐったげに笑う。
そして俯き肩を震わせて、ついには我慢できないと言った風に声を出して笑う。
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