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【35】分かり切った結末なのに
――八月も中旬、夏休みの半分が終わった。
何時ものように朝8時のニュースを見る。
最近は嫌な緊張が伴う瞬間だ。
天気予報、隣県の玉突き事故、飲食店での火災、夏に多い水難事故、老夫婦の家に泥棒が入ったなどなど。誘拐のニュースは皆無だ。単純にニュースになっていないだけかもしれないのに。
それでも安堵し始める自分がいた。
警察か朝比奈家が介入すれば夏休みは速攻で終わりを告げる。
そもそも、朝比奈家相手に誘拐生活が続く筈はない。今こうして呑気に過ごしていられるのは男の言う様に朝比奈家が動いていないからだ。
しかし、いつまでも放っておかれる事はないだろう。
ある程度の時期が来れば、きっと連れ戻される。
分かり切った結末なのに、終わらせたくないと思い始める自分がいる。
見ず知らずの他人――しかも誘拐犯――との生活に不安があったが、意外にも問題なく過ごせている。誘拐犯の穏やかな性格のおかげだろう。一緒に暮らしていれば不機嫌な時だって目にする機会はあると思っていたが、彼が苛立っている所を錦は知らない。
わざと挑発したり、困らせる様な我儘を口にしてみても笑顔で面白おかしそうにするばかりで声すら荒げたことがない。
感情のコントロールが良くできている。
いや、それ以上に掴みどころがない柳を思わせる。そんな印象が強い。
周囲にいるどの大人とも違う。子供だと面倒くさがることも見下すことも阿る事もしない。錦にとって大人の男は父親が基準だ。彼は父とは違い側に居ても緊張したり不安定になることは無い。 居心地の良さを感じる好ましい大人だ。
そして錦がひそかに気に入っているのは、男の声だ。
程よい低さの柔らかな声音は耳に心地良く届く。
夜寝つくまでの間、子守歌でも歌わせてみたいと思う程だ。
――予想外だ。
警察も朝比奈家も動かないことは、予想外だった。
しかしそれ以上に予想しない方向へ流れて行ったのが錦が抱いた男への好意だった。
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