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【36】『デートしよう。』
「錦君。君は本当に海が好きだね。」
「珍しいからな。」
「毎日飽きもせず良く見てる。」
「飽きるものか。」
何時ものようにデッキに腰掛け遠く海を眺めている錦に、男はあきれたように笑う。
買い出しに行くのだろう。ボディバッグを手にテラスまで出てきた。
しかし外出にしては早い時間帯だ。
「錦君も出かけない?」
男は照れくさそうに笑った。
「この辺の地理詳しくないからさ。何が何処にあるか分からないし、君がいるのに迷子になるのが嫌で誘わなかったんだけどね。結構お店とか詳しくなったから、デートしよう。行ってみたい喫茶店があるんだ。向日葵が沢山咲いててすごく綺麗だよ。今日はそこで朝ごはん食べよう。そうそう。喫茶店とカフェの違い分かる?アルコールを扱うか扱わないかなんだけど、結構ごっちゃにしている人多いよね。」
「待て。俺が見つかったら困るのは誰だ。」
「大丈夫。それとも、僕をふるの。」
そっと手を取られ引かれる。
薄いが大きな掌が錦の手を包む。驚いて硬直した錦に構う事無く男は頭を撫でる。
「海にも行こう。遠くから見てるだけじゃ満足できないでしょ?」
「見つかったらどうする。」
「その時は君が、この人彼氏ですって言えば問題ないよ。オプションでキスもエッチもしたって付け加えるか。よし、好きな体位とか週何回かは車の中で打ち合わせをしよう。」
「どう考えても捕まるだろうが。年齢考えろ。あと後半はダメだ。嘘にしても悪質だ。」
男は大笑いして繋いだ手を引く。
「前半は否定しないんだ。嬉しいよ。」
「呆れただけだ。」
大体、名前さえ教えてくれないくせに何が彼氏だ。
しかし男が嬉しそうにするのでそれ以上は何も言えなくなった。
「そうなの?」
包まれた手の中でもぞりと指を動かすとくすぐったいのか、男が笑い手を繋ぎなおす。
他人の体温が掌から伝わる。つないだ手を恐る恐る見る。すっぽりと包まれた小さな手は緊張に強張ってる。手を繋ぐことにも、優しく触れられることにも慣れていないぎこちなさ。
しかし振りほどこうとは思わなかった。
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