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【37】目を奪われる

男の言うデートとやらは純粋に楽しかった。 山を下り別荘を離れ人通りのない海岸沿いを走り、男が興味を持ったという喫茶店へ向かう。一時間弱車を走らせると、錆びれた商店街にたどり着く。 抜け殻の様な街だ。 倉庫街と勘違いしてしまいそうな静けさに思わず人を探してしまう。 本当に男の言う喫茶店はあるのだろうか。小さな工業団地に差し掛かるが、どこもしんとしている。照らし出された建物の白い壁に太陽の光が反射し目が眩む。 地面に刻まれた黒い影とのコントラストが静寂を際立たせた。 工業団地を抜けると今度は緑に覆われた丘陵と、道路を挟んで両脇に畑が広がる。やはり民家一つない。飼料作物のトウモロコシ畑が続き、やがては向日葵畑へ変わった。 遠くまで続く青空の下で花の形すら溶けて黄色一色に塗りつぶされた畑に圧倒される。はっと息をのんだ錦に男が「海も良いけど、こういうのも良いだろ?」と得意げに言う。 向日葵なら学校でも育てているが何万本と植えられたものは見たことが無い。 大輪の花が重たげに風に揺れている。 波打つ向日葵畑の途中、アメリカンカントリー調の白い外壁の小さな喫茶店が見えた。 男が「ここ通りがかったとき良いなぁって思ったんだぁ」と笑顔を見せた。 駐車しウッドスツールに『WELCOME』と書かれたコルクボードを持つ人形に迎えられ、ドアへ続く階段を登る。入店すればふわりとコーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。 明るいクリーム色の壁に木目の美しい床と天井。 同じく木製のテーブルに掛けられた赤と白のチェック柄のテーブルクロス。 パッチワーク柄のクッション。 縦長小窓の三分の一程に降ろされたアーチ形のコットンレースのカーテン。 窓際にはカラフルなキャンディの入るガラスジャーや陶器の犬が置かれている。 まるで子供部屋だ。 時間が時間だからか、それとも立地条件の所為か客はほとんどいない。 見事な向日葵畑が一望できる窓際の席に通されメニュー表を渡される。男は早速メニュー表を広げているが、錦は外に見える向日葵の黄色に目を奪われる。 向日葵畑に、アメリカンカントリー調の小さな家にも見える喫茶店。 絵本に描かれていそうな景色だ。

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