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【38】胸の奥が鈍く軋んだ
「見た目はこんな店だけど、お握りとかあるよ。」
顔を突き合わせて見下ろしたモーニングメニューは五種類ほどあり、男は厚切りトーストとスクランブルエッグ、ソ-セージにサラダのセットを、錦は雑穀米と出汁巻卵のセットを選ぶ。味噌汁、サラダが付いているのだが何故か茶ではなくコーヒーが出された。
「カメラ持ってきたんだ。食べ終わったら、向日葵畑で写真撮ろう。青空と向日葵畑と錦君。最高の組み合わせだね。アメリカに居ますとか葉書印刷して送ったら殆どの人が騙されそうじゃない?」
「…お前、何考えてるんだ。」
「はは、さすがに騙されないかな。でも広大な畑に向日葵と青空ってアメリカっぽくない?」
「そうじゃない。お前は、自分が何をしてるのか忘れたのか。」
誘拐犯とは思えない言動ばかりだ。
「君と過ごす夏休みだ。折角だから楽しい思い出を残したいじゃないか。」
否定する事を躊躇う程の無垢で綺麗な笑顔だった。
誘拐犯の癖に何を言ってるんだ――目の前の笑顔を見ていると胸の奥が鈍く軋んだ。
食後店の外に出ると男は例の人当たりの良い笑みを浮かべ、喫茶店に入ろうとする客を捕まえ写真を撮ってくれと頼んだ。
何を考えているんだコイツと唖然とした錦の肩を抱き寄せ、向日葵畑で写真を何枚か撮る。
「やはり馬鹿だったのか…。」
呟く錦に対し、カメラ片手に車に乗り込んだ男は不思議そうに「何で?思い出作るのに写真一枚撮らない方が馬鹿だよ。」と返してきた。
もしかしたら逮捕された時に、保身の為に利用するのではないか。
狂言誘拐として男自身が有利になる為の証拠写真かもしれないと考えたが、男の顔を見ていると疑った錦の方が気まずい気分になる。
何というか、悔しい。
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