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【39】陽炎のように体の奥に渦巻く
「写真出来たらどうするんだ。」
ずっと一緒に入れるわけでもない、短い夏だけの、きっと、時間が経てば簡単に忘れる様な関係なのに。こんな写真なんか撮って、思い出に残せるのか。
特別な相手でもないのに。
「そんなに嫌だったの?」
「そう言う訳じゃない。」
「もしかして、写真嫌いだった?」
「好き嫌いを判断するほど、写真なんか撮ったことがない。」
そこまで喋り「あぁ、そう言う事なのか」と一人納得をする。錦にとっては、何もかもが初めてでも男にとってはさして特別なものではないのだ。
それにしても胸の奥に湧き上がる、この不快感は何だろう。
もどかしい、苦しい。
モヤモヤと陽炎のように体の奥に渦巻く感情に戸惑う。
男は「ごめんね」と笑う。困った様な、少しだけ悲しそうな顔。
罪悪感に思わず目をそらした。
――何故俺が疚しさを感じなくてはならない。理解できない。
「すまない。どう反応すれば良いのか分からない事ばかりなんだ。」
「ん?」
「写真…俺にもくれないか。」
「うん。」
男は嬉しそうに笑う。
先ほどの困った様な笑みが消えていくのを見ていると安堵感が広がり、そしてまた胸が苦しくなった。男の綺麗な瞳を見ていると泣きたくなった。
何故、名前さえ知らない数週間しか共に居なかった男にここまで心が乱されるのか訳が分からない。
「アルバム二冊買わないとね。」
「そうだな。」
「嬉しいなぁ。錦君最近僕に優しいね。」
「…なんだそれ。俺が意地悪みたいじゃないか。」
「最初は警戒心があるから当たり前かもしれないけど、何ていうか、打ち解けてくれてうれしい。側によっても嫌がらないし、手を繋いでも怒らなかったじゃん。」
お前は、最初から気安くて優しかったな。
男と一緒にいると、錦自身が彼の特別な存在であると錯覚しそうになる。
まるで、錦の存在を全身で歓迎し祝福している様な、そんな錯覚に陥る。
きっと彼は誰にでも理性的で優しいのだろう。
「海とか別荘でもたくさん写真撮りたいな。」
そうだなと答えた声は力なく掠れた。
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