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【40】訳の分からない感情
錦は男の陽気な声を聞きながら、出来るだけ何も考えないように努力する。
訳の分からない感情の波が収まるのをじっと待ち続けた。
向日葵畑を無心で眺めていると、土だけの畑へと景色が変わる。車がさらに進むと濁ったゴルフ場の池、葬儀場、小さな資材置き場が続き古い民家が並びだす。
やがて距離を置き、小さな店らしきものが見え始める。
「もうちょっとで着くよ。この辺は本当に何もないねぇ。」
標識にショッピングモールの案内を見て男の目的地を察した。
このあたりでは唯一と言える大型商業施設らしい。つまり自然と人が多く集まる場所だ。そんな所を出歩いて大丈夫なのだろうか。
錦は男を窺うが彼は楽し気にハンドルを握っている。
驚く程に能天気だ。駐車場が満車だったため、近隣のコインパーキングへ駐車した。
「錦君もしかして人込み嫌い?」
「好きなやつがいるのか。」
「居ないねぇ。迷子になるといけないから手を繋ごう。」
「暑いから嫌だ」
風除室の掲示板にチラシと並んで捨て犬の里親募集の案内と、指名手配中の犯罪者の似顔絵が張り出されている。思わず体を緊張させた。
錦の視線に気付いた男の足が止まり、掲示されている犯罪者の似顔絵を眺める。
「16年前にあった殺人事件の犯人がまだ捕まっていないんだって。怖いねぇ。」
「未解決事件なんて山ほどあるだろ」
そっけなく返事をすると男はそうだねと言い歩きだしたので、錦もあわてて後を追う。
「…大丈夫なのか。」
「うん?あぁ、大丈夫だって。心配してくれるのは嬉しいけど、気にしすぎだよ。」
「お前はもう少し気にしろ。」
「本当に君は心配性だなぁ。それより人多いね。この辺で買い物できる場所ってここしかないからかなぁ。」
何故誘拐犯の彼ではなく、誘拐された俺が「見つかるかもしれないと」心配しないといけないんだ。腹立たしい。男は錦を隠すようなこともせず、それ所か時折周囲が注目する様なテンションで話しかけてくる。
おまけに、時折破廉恥な事や訳の分からない屁理屈をこねるので、錦は呆れてため息さえついた。
「おい、何だよ。」
男は錦の手を取る。
「迷子になったら困るでしょ。」
「…。」
「駄目?」
「別に。好きにしろ。」
繋がれた手を意識していると知られることが恥ずかしいので、何ともないように振る舞う。すっぽり包まれた手を見て、照れと慣れない人肌の温もりに対する心地の悪さを感じた。
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