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【48】心に降り積もっていく
夏休みの終わりが近づき憂鬱になり始めた。
夏休みが終われば、男は錦の隣から居なくなる。
茜色から紺色に変わる空と海を見ながら、テラスに備え付けてあるウッドデッキでバーベキューをして暗い夜空の下、持ち込んだ花火をした。
空を遮るものが無く、空気が澄んでいて星が驚くほど綺麗だから、夜遅くまで男と夜空を眺めた。
怪談番組を見て男が錦に抱きついてきた。
映画を見ている途中で錦が眠ってしまい、そのまま男のベッドに運ばれて一緒に眠り朝を迎えた。
朝日に輝く海を見に出かけ、半日ほどドライブをして買い物をし夕焼けの海を見て別荘に帰る。
同じことを繰り返す毎日なのに、何もかもが新鮮で楽しかった。
男に笑いかけられると温かな気持ちになる。
手を繋ぐとき、恥ずかしさよりも喜びを感じる。
名前を呼ばれる度に感じる胸の高鳴りは、他の誰にも感じたことは無い。
男の側はほっとする。
一緒に過ごす時間は、キラキラと輝きを放ちながら錦の心に降り積もっていく。
このままずっと側に居れたら良いのに。
今日も何時ものように夕方の浜辺を二人で歩いていた。
サンダルを片手に持ち、空いた方の手を繋いで他愛のない会話をする。
波打ち際を素足で歩くのは気持ちが良い。
時折、ヤドカリの子供や蟹を見つけて驚く錦を男は優しい表情で見守る。
くすぐったくも心地よい時間。
つないだ手が解けて錦は男を見る。
その少し不満げな顔に男はクスクスと笑い、風に嬲られ乱れた髪に触れてきた。
男の長い指が頭を撫で髪を耳に掛ける様な動きで頬と耳朶を撫でる。
男は錦の頭を良く撫でる。
こんな風に撫でられたのは、随分と久しい。
懐かしくて、心地よい。母親に最後撫でられたのは何時かと考えてしまう。
男の挙動に高揚感と奇妙な切なささえ感じるのは、期間限定の男との生活に対する一種の感傷なのだろうか。
波が打ち寄せ、足首まで濡らし砂を攫いながら海へと引いていく。
濡れた足元を見下ろせば男とともに刻んだ足跡が綺麗に消えていた。
二人で歩いてきた形跡は何処にも残されていない。
何だか寂しい。
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