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【49】掌の温もり

「お前が以前話したクラゲみたいだ。」 「寂しいこと言わないでよ。」 男に手を取られ、止めていた足を進める。 繋いだ手をブラブラと振り子のように揺らし、砂浜の端までたどり着いた頃には、太陽のほとんどが海に沈んでいる。 男が腕時計を確認した。 そろそろ散歩の時間は終わりだろう。 足を乾かすべく波打ち際から離れ、乾いた砂の上を歩く。 堤防横にある階段まで来たとき、男が跪き錦の足をハンカチで拭う。 足にまとわりついていた砂が零れ落ちると、サンダルを穿かせてくれた。頬を赤くし男を見ると彼は何でもないような顔で、砂で汚れた膝を叩きスニーカーを穿いている。 錦ばかりが男を意識しているようで何だか不公平だと一人むくれた。 堤防に並んで座り、男と夕日が完全に海へ沈むのを見ていた。 太陽が沈み切っても、二人は海を眺めていた。 どれ位そうしていただろうか。 空は暗くなり錦ははっとする。 波打ち際から離れた砂浜が海水で濡れて いる。砂浜は徐々に浸食され、あっという間に、真黒な波が消波ブロック近くにまで迫ってきた。 「水が…」 錦は興奮気味に男に話しかける。 ざぁざぁと音を立てながら、海が目の前まで広がる。 砂浜は完全に姿を消した。 「満潮だよ。」 水位は未だ低いが、いつの間にか防波堤に繋がる階段の一段目が今は海の中だ。 水が迫ってきている。未知の恐怖と好奇に錦は息をのんだ。 驚くほどの速さで潮が満ちていく。 砂浜だった場所が海へと変わっていくていく様を、目を皿のようにしてみていた。 「凄い!始めて見た。本当に潮が満ちている。さっきまで、砂浜が見えていたのに。あっという間に潮が満ちた。足元まで直ぐだ。」 「子供の頃さ、一回見た事が有ってすっごい感動したんだ。 」 水位の上昇が止まった頃には、防波堤と砂浜を繋いでいた階段は完全に姿を消した。 黒い海の中は何も見えない。 「クラゲとか泳いでるのか…。」 「いるんじゃないの?」 「…本当に何も見えない。」 「夜の海って怖いよね。真っ暗で何も見えなくて。鮫とか居ても分からないね。車の中に懐中電灯が有るんだけど、照らしてみる?」 腰かけた防波堤の眼下を、ちゃぷちゃぷと音を立て満ちた海水に少し怖くなる。 「遠慮する。」 「照らし出されたところに、人の顔とかあったら怖いよね。こっちに伸ばしてくる手、見開かれた眼、口から見える無数の小さな牙。青白い肌に滑るからだ。よく見たら下半身は魚だったとか。うはぁ、想像しただけで鳥肌が立つ。」 「やめてくれ。気持ち悪い。そういう話は好きじゃない。」 防波堤から降りた男に背後から抱かれるようにして、足を下した。肩を抱かれて車まで案内される。シャツ越しに伝わる掌の温もりが心地良い。

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