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前編

「お茶にいたしませんか」  青年にそう言われて、僕は庭の薔薇を剪定していた手を休める。秋剪定は浅めに丁寧が鉄則なのだが、つい熱が入ってしまったようだ。  日はいつの間にか随分傾いていた。僕は前掛けを外し、手を洗いに行く。  この屋敷に、庭師はいない。 「今日は、祁門紅茶(キームン・ティー)の良い物が手に入りましたので、中国スタイルでご用意しました」  本来ならば紅茶に添える菓子はスコーンと決まっているが、二人だけの気楽な午後の茶会だ。堅苦しい事は言わずに好きな物を摘むのが日常だった。青年の運んできたワゴンには、エッグタルトと月餅が乗っている。 「そういえば、中秋節が近いのだな」 「ええ。中華街(そこ)で買ってきました」 「僕はこれが好きでね。この時期でなくとも食べたいものだ」 「何時(いつ)でも食べられるものだったら、有り難みがないのでは?」  青年は、木の実と蜜を練り固めた餡の入った月餅を切り分けながら笑った。  ただの月餅であれば本当は料理屋でも土産物屋でも、年中売っていることを知っている。青年が僕のために、中秋節にしか拵えない老舗の月餅を、わざわざ買い求めて来たのだということも。  青年の淹れてくれたキームン茶は、煙臭い偽物と違い薔薇のような豊かな香りを放っていた。冷めないうちに口をつける。 「風が強くなってきましたね」  テラスで茶を楽しんでいたところに、海からの風が吹いてくる。青年が膝掛けを寄越すのを、手を振って遮った。 「こんな初秋に、大げさな」 「海風は身体に毒です」 「年寄り扱いしないでくれたまえ」 「貴方様のお身体が大事なのです」 ◇  月の光が鎧戸を開け放たれた格子窓から差してくる。もうすぐ満月なのだ。灯りをつけなくとも、ぼんやりと部屋の様子がわかる。  僕は安楽椅子に埋もれるように座っていた。両方の足は椅子の脚に、腕は手すりに縛り付けられており身動きが取れない。 「う……ん」  口に噛まされた布のお陰で、呻き声はくぐもっている。  青年が僕を苛む。  この行為は僕のためだ。今は亡き恋人に長年責め苛まれた僕の身体は、真っ当な性愛では満足しなくなっており、青年の手を借りて慰める必要があった。  青年は僕を抱かない。薄いゴム手袋をはめた手で、僕の全身を撫で擦り、時には抉るだけだった。  僕は青年を愛していたが、猿轡のせいで声にならない。いや、言葉を発せたとしても、僕はそれを彼に告げる事は無いだろう。  僕は醜く、年老いている。この若く美しい男に愛される資格など無い。仮に愛されたとしても、残された時間は短く、直に彼を置いて逝くことになるのだから。  ただ僕は、青年の愛撫に歓喜の涙を流すことしか出来ないのだ。  

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