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第1話

「んっ……あぁっ」  待ちに待った挿入の瞬間に、嬉しそうにとろけた声が上がる。  雑とも言えるほど早急な慣らしはまだ足りないはずで、実際押し込む感覚はだいぶ狭くきつい。  それでも洩れた声は確かに気持ちよさに濡れていて、俺は掴んでいた足を抱え直し奥へ奥へと腰を進める。もう少しローションを足した方がいいかもしれない。 「やいちゃん、早く」 「待て、さすがに濡れてないときつい」 「早く、待てない」  端的に欲求を告げてくる陽之(はるゆき)にもう一度「待て」を食らわせて、繋がった部分にローションをぶちまける。洗濯が大変になるだろうけど、後のことは後のこと。今はそれよりも優先すべきことがある。 「あっ、ん! やいちゃん、音えっちぃ」 「好きだろ」  ん、と素直に頷いた陽之に腰を打ち付けると、繋がった場所からぐちゅぐちゅと卑猥な音が響いた。さすがに少しやりすぎたかもしれない。ただ後悔だけではなく効果もあった。 「ひ、あっ、あ、ん……あっあッ!」  突き上げるたび甘い声が押し出されるように洩れ、強く握られたシーツがしわくちゃになっていく。さぞ神様に丁寧に作られたんだろうという整った顔が快感で歪んでいくのがとても可愛い。  その可愛さを堪能しながら、浅いところを焦らすように擦り上げたり体が跳ねるほど強く突き上げたり、慣れることのない刺激を与え続ければ、元から俺を求め続けていた陽之が絶頂に上り詰めるのはあっという間。 「やいちゃ、中、出して……っ、やいちゃんが欲しい……の!」 「……お前ってほんとカワイイ」 「ん、ぅ……!」  フィニッシュは深いキスとともに真っ白になるほど気持ちのいい絶頂を。  俺のを奥で受け止め、自分は引き締まった自分の腹の上に吐き出して、陽之は大きく息を吐いてベッドに身を投げ出した。 「ううう、腹減ったー」  そして一言。  終わった後にいきなり空腹を訴える陽之は、けれどいつも通りというか予想通り。 「だから言ったろ。食ってからした方がいいって」  普段はさらさらなアッシュブラウンの髪は、激しい運動後の今、汗に濡れて張り付いてしまっている。それを指先で梳かしながら、さっき忠告した言葉をもう一度繰り返した。  デキるリーマン、爽やか好青年な見た目とは反対に、食欲、睡眠欲、そして性欲と、人間の三大欲求に正直に生きている陽之は、悪びれることなく俺を可愛らしい顔で見上げる。慣れた仕草で腹の上の白濁を拭っている辺り、ぶりっ子をする気があるのかどうか。 「だって空腹よりしたい気持ちが勝ったんだもん」 「だもん、じゃねぇよ」  俺より年下とはいえそろそろ三十路近い男がそんな言葉遣い似合ってるんじゃない。  つっこむように額にでこぴんを食らわせたけど、本人はへらりと笑うだけ。普段は撫でつけられている前髪が下りているせいか、こういう時の陽之は妙に子供っぽい。むしろ仕事以外の知能指数はかなり低いと言っていいだろう。家事が全般的に嫌いで、好きなものは仕事とセックスと平気で言うこいつは、どうやって一人暮らししているのかとたまに不思議に思う。 「やいちゃん、なんか作って。ペペロンチーノかカルボナーラ」 「はいはい、パスタな」  言い合う時間がもったいなくて、こちらも手早く後始末をすると脱ぎ捨てた下着を拾う。ローションのせいで具合が悪いけど、とりあえず飯を作らないことにはこいつが力尽きてしまう。  しっかり整えられた陽之とは対照的に、伸ばしっぱなしの髪の毛がいい加減鬱陶しくて、適当に後ろで縛るとそのままキッチンに立った。用意はしてあるんだ。ただ作り始める前に陽之がねだってきてベッドになだれ込んだから、結局なにもできていないんだけど。  とりあえずちゃっちゃと作るかとお湯を沸かし材料を切り始めた俺の背中をちりちり焼く視線。それはもちろん陽之のもの。 「……見てても速くなんねーぞ」 「んー、ていうか料理してるやいちゃんがかっこよすぎてムラムラする」 「お前って……」  思わず振り返る。  ベッドの上に寝転がって片肘ついてこちらを眺めるという、まるでアイドルのグラビアのようなポーズの陽之が、顔に似合わないストレートな言葉を吐くからため息が出た。本当に性欲に対して正直な奴だ。顔が綺麗だからこそより罪が深い。  そんな呆れ顔の俺に対し、陽之はなんとも綺麗に笑ってワンと鳴いた。 「大丈夫だワン。ご飯のために大人しくやいちゃんをオカズにして待ってるワン。俺はやいちゃんの犬だから『待て』できるワン」 「忠犬ハル公、いいからシャワーしてこい」 「えー料理するとこ見てたいワン」  機嫌良さそうにワンワン鳴く陽之はバカっぽいけれど、その容姿のせいか変なプレイを強いているような倒錯感がかなりまずい。だからさっさと料理に戻って目を逸らすのも、多少ぶっきらぼうな口調になるのもこいつに流されないため。 「いいから。お前の汗の匂いはやばい」 「え、臭い!?」 「いや、フェロモン増し増し。止まんなくなるから早く洗い流せ」  普通は勘弁してもらいたい汗の匂いだけれど、陽之相手だと普段の仕事の姿が想像できる分、妙な生々しさが強くてより燃えてしまうんだ。お互い勢いに任せた獣じみたセックスも嫌いではないけれど、すべてを投げうって没頭してしまうと次の日が大変だと言うことは身に染みて知っている。とはいえあの調子で誘われるとそれを優先してしまいそうだから、一旦クールタイムを設けさせることにした。仕事に響いて俺たちの関係が周りにバレたらそれこそまずいのだから。 「しょうがない。じゃあやいちゃんと一緒のシャンプーの匂いになってやるか」 「おい煽んな。飯抜きになるぞ」  わかっているのかいないのか、陽之はベッドを下りてそのままの格好で風呂場に向かう。日々仕事で歩き回っているせいで引き締まった体はモデルにしてもいけそうなほど。広告素材に困ったときはこいつを使おうというのはデザイン班での暗黙の了解だ。  そんな陽之は一度風呂場に引っ込んで、それから思いついたようにそこから顔を出した。 「シャワーして その勢いで 立ちバック やいちゃんだったら いつでもカモン」 「一句詠むな。黙って入ってこい。食ったら覚えてろ」  言ってる間にできるぞ、と一応投げておいたけど、きっと烏の行水の勢いで出てくるだろうし、その頃にはすっかり切り替わっているだろう。  そんでもってどうせ食ったら寝るはずだから、持ち帰った仕事はそれからすればいい。  ……数十分後、俺が抱いた簡単なはずの計画は呆気なく崩れ去る。  食欲を満たした陽之は睡眠欲よりも性欲が勝ったらしく、いいのか悪いのかその誘いを断る気は俺にはさらさらなく。  大事な睡眠時間がなにに代わったのかは、お察しだ。

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