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第9話
余談だけど、その後『宇田川ちゃん』が謝罪に来た。
「兄がご迷惑をおかけまして、本当に申し訳ありません!」
デスクにやってきたかと思った途端、深々と頭を下げる宇田川ちゃん。肩ぐらいの長さの緩いパーマがかかった髪がよく似合う、こじんまりとしたサイズ感の可愛らしいゆるふわ系女子だ。確かにこんな妹がいたら毎日弁当だって作るし恋の行く末も気になることだろう。
そして宇田川兄は知らなくてもいいことを知ってしまったわけだけど。
しかし噂の「宇田川ちゃん」、兄貴が出張るということでもう少しもじもじとしたシャイなイメージだったのに、まさか直接乗り込んでくるとは思わなかった。
「いや別に俺は……」
ちなみに陽之は休み明けで溜まっていたメールやデータをさっさとやっつけて打ち合わせに出ている。いつも通り、悩み事があるとは思えない爽やかなオーラを放っていたけれど、飯は外で食ってくると言っていた辺り宇田川から逃げているのかもしれない。
だからその姿が見つけられなかったゆえに、彼女は俺のもとに来たのかもしれない。
「実際俺は直接迷惑を被っていないわけだし、そんな謝ることでもないから。妹想いのいいお兄さんということで」
「でも伊神さんにご迷惑をおかけしたということは、つまり天宮さんにも迷惑だったという同義語だと」
「……ん?」
誤解は解けたし一応解決もしたんだから、それ以上気に病むものじゃないと告げて仕事に戻ろうと思ったけれど、とても気になる言い回しをされた。
それはまるで、俺たちの間に違う繋がりがあるような言い方だ。
「本当に誤解なんです。私が好きだと言ったのはそういう意味じゃなくて。お二人は私の『推し』なんです」
「二人? 押し?」
「お二人のおかげで毎日頑張ろうって思うんです。いえ、深くは考えなくていいです。意識されると困ります。だから、兄には余計なことをしないように、もう一度強く言い聞かせておきます。そもそもどう聞き間違いをしたのか、なにか勘違いしていたから天宮さんには絶対接触するなって言ってあったんですけど、だからってまさか伊神さんに行くなんて思わなくて……。本当にすみませんでした。これからもなにとぞよろしくお願いいたします」
なにやらよくわからない決意を早口で力強く喋って、宇田川ちゃんはもう一度頭を下げて戸惑う俺の前から帰っていった。ゆるふわに見えて、どうも熱いなにかを持っているらしい。あまりに強い、情熱さえ見るような主張に思わず気圧されてしまった。
「とりあえず、先輩と宇田川兄妹になんか奢るか……」
というかむしろ、俺たちは三人に口止め料を払うべきなのでは?
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