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第9話
「松野主任ー、入館手続きコレでいいんですかー?」
「うん、オッケー。こっちから入るよ」
その日、松野は3ヶ月ぶりに本社を訪れていた。
主任に昇格し、新オフィスでの業務にも色々と課題が積み重なってきての会議だ。後輩も連れて、懐かしいフロアへと足を踏み入れる。
「えーっと、出張者用の席は……」
「……ぇ、ぅわっ。ちょ、見てくださいよ、主任っ」
デスクを確保しようと周囲を見渡したところで、隣を歩く後輩が興奮気味に服を引っ張った。
「ん? 何?」
「あそこっ、すっごい綺麗な男の人が……」
潜めきれてない声のテンションで指し示すのは、別の扉から入ってきた1人の青年だった。
上等なスーツを細身の体で着こなし、ゆったりとした歩調で歩いてきている。長い睫毛を伏せ気味に、どこか静謐で冷然とした雰囲気を纏っているのは……、
「あ、椎葉くん。お疲れー」
「……ぁあ、松野さん。お久しぶりです」
松野の声に顔を上げたのは、少し前まで直属の後輩社員だった椎葉くんだ。元々可愛らしい顔立ちをしていたのには気付いていたが、今は後輩が息を飲むのが理解できるほど、近寄りがたい迫力に圧倒されそうになる。
目の前に立たれただけで少しドキッとしてしまったのは、彼がイメチェンをしたからだろうか。
「眼鏡、やめたのねぇ。……煙草はやめられなかったみたいだけど」
ついでにふわりと香ってきた独特の匂いに言及してみると、彼は楽しそうな笑みを浮かべた。
「鋭いですね。一週間禁煙してみたんですけど、ダメでした」
「皆そう言うのよねー。根性が足りないわぁ」
「根性なしですみません」
全くそう思っていないだろう、そんな含みのある表情だった。
何か、秘め事を共有するかのようなひっそりとした微笑に、本当にコレは私の知る椎葉くんなのだろうか、と思わず見惚れてしまう。
……と、
「――椎葉さん」
誰かの冷淡な声音が、彼を呼んだ。
ざわりと周囲が耳をそばだてる様子に、一緒になって声の方向を向けば、
「ぁあ。すみません、今、行きます。……では松野さん、また」
そう言って艶やかな笑みを浮かべた彼は、小さく会釈をして立ち去って行った。
その方向には、この社に唯一で無二の、吸血貴の取締役と、彼の名を呼んだその秘書。そこに彼が加わって、どこか次元の違う空気感が生まれた。
「……遅いぞ、奈央」
「突然呼んだのは志貴だろ……」
親密に言葉を交わす様子は、とても絵になっていて……。
「ひゃー……なんなんですかあの3人……っ」
「……うちの取締役と、その秘書さん。喋ってたのは前に一緒のグループだった後輩よ」
「ぇええーっ、あの人が後輩!? 主任ってば、そんな目の保養を置いて新オフィスに来たんですかー!?」
勿体無さすぎますー、と興奮気味の彼女に、今だったら絶対に行かないわ……、なんて本心は、言えなかった。
***
「……奈央。何を話していた?」
「別に。ただの挨拶だよ」
不機嫌気味な志貴の言葉を軽く躱した奈央は、秘書に促され廊下へと出た。
あの頃はわからなかったが、今となっては眉間のシワの理由なんて容易に想像できる奈央は、ちらりと振り仰いで口角を上げた。
「これ以上、人事権を濫用するなよ」
「無理強いはしてない。適正、且つ適任だった」
それは認める、と思った。確かに松野さんは、主任として新オフィスの開設に尽力してくれている。今日も、しっかりと結果を伴って戻っていくだろう。
「……奈央。また煙草を吸ったな」
隣を歩き始めた男が、不機嫌さを隠しもせずに溜息をついたことに、いつもながら鋭いことで、とひっそり笑う。
「付き合いだよ。喫煙所の交流も、色々と仕事に繋がるからね」
「交流? お前がそんなことをする必要はない」
一刀両断する志貴の傲慢さを心地良く感じながら、自分の指に残った煙草の残り香を嗅いだ。
「便宜を図ってくれる人間が増えるのは、利益だろ?」
「減らず口を叩くな。そんなに暇なら別の業務を言いつける」
強い視線に、ぞくりと這い上がってくる、欲望。
「取締役室で?」
きっと自分も、同じ色をしているのだろう。
「奈央は明日、有休だ」
***
はぁ……はぁ……と荒い呼吸が響く室内。
空調が効いている筈なのに、むわっとした熱気が立ち込める小部屋には、淫靡な空気が満ちていた。
「んっ、っ……ぁ……っ」
「――あぁ、それでいい。向こうの会社には私から資料を送っておくから――」
「……っ、……ひ……っ……っ」
「指を噛むな、奈央……あぁ、いや、こっちの話だ。それで?」
ここは取締役室に備え付けられた仮眠室。
簡易ながらもしっかりとしたマットレスに沈むのは、衣服の一切を脱がされ、志貴の剛直に貫かれた状態の奈央だ。
今にもはぜそうに鈴口をヒクつかせる屹立は、粘度の高い先走りでぐちょぐちょに濡れている。
なのに、その上に覆い被さる志貴は、片手にスマートフォンを持ち、誰かと通話しているのだ。
「……っ……っ……んっ……ぁ……」
「わかった。その件は先行して進めよう。それ以外に問題は?」
冷静すぎる口調で通話を続けながらも、奈央への愛撫を止めることのない志貴の瞳は、赤く、欲望に色めいている。
ゆっくりと腰を動かし、奈央の胎内の感触を味わいながら、身悶える奈央の反応に満足気な笑みを浮かべた。
それに煽られた奈央は、既に十分すぎるぐらい乱されているというのに、更に際限の無い熱が押し寄せ、声を潜めることすらままならなくなる。
なのに、全てわかっているくせに、志貴は空いている左手で、奈央の屹立をキツく握ると、容赦なく扱き上げた。
「っ、ひ、っ……っも、ぅ……っ……!」
「ダメだよ、奈央。静かに、ね。……――あぁ、そこは暫くペンディングで構わない。報告が来たら――」
優しい口調で嗜めながらも通話を止めない志貴は、スマホを左肩に挟むと、空いた右手で奈央の口を塞いだ。
「……ん……っ!?」
そして戸惑う奈央に小さく微笑み……奥深くまで一気に突き上げた。
「んんんぅーーーッッ!」
目の前がチカチカするような快感。
足先にまでぎゅっと力が入って、強く鈴口を戒められていなければ、そのまま達してしまったであろうほどの衝撃だった。
なのに、息を整える暇も与えられず、何度も何度も、最奥を暴かれる。
「んっ、んっ、んっ、ん……っ」
仰け反る身体を押さえ込まれ、息を吐き出すことさえ満足に出来ない。
体内を荒ぶる熱は絶頂を望んで、屹立を握りしめて放出を禁じる男の手をカリカリと引っ掻いた。
「んんっ、ん、んんんーっ」
もう無理だと半泣きで首を振ろうにも、口を塞がれたままで声にならない。
全身で限界を訴える奈央を愛おし気に見つめた志貴は、暫くそのままの状態を楽しんでから、奈央の口を解放した。
「っぷはぁっ、はぁ、ぁあっ、ん、ぁっ……ゃ、まっ……!」
「――じゃあNDAだけ先に渡すから取りに来い。切るぞ」
欲のこもった眼差しで奈央を見つめながらも、冷徹にそう言って通話を終えた志貴は、スマホをサイドテーブルに投げ捨てた。
これでようやく解放してもらえるかと期待した奈央だったが、屹立を戒める手は緩まない。
むしろ、少しずつ射精しているのかと疑うほどに、ダラダラと溢れた先走りを亀頭に塗られ、グリグリと責め苛まれながらの律動が始まったのだ。
「ひ、やっあぁぁぁああっ……っ、や、ぁっ、ぁあっ、志貴、志貴っ、や……っ」
「ダメだろ奈央。まだ、許してない」
「やだっ、も、もう……っ!」
今すぐイかせて欲しい。
頭の中にはそれだけしか浮かんでこないぐらい、限界だった。
戒める志貴の指を外そうと、両手で必死に抵抗してみるが、過ぎた快感で震える手には殆ど力が入っていない。
そんな抵抗にもなっていない抵抗を、愛おしそうに見つめた志貴は、熟知した奈央の前立腺を目掛けて容赦なく腰を揺らす。
「あーーーっ、あぁああっ、あ、あ、や、だ、め、あ、あ、これ……あぁぁああっ」
射精できない精子がドロドロと体内を奔流しているかのようだ。
後孔は志貴の剛直をぎゅうぎゅうと締め付けて強すぎる快楽を享受し、頭は真っ白になって足がガクガクと痙攣する。
「ぁあっ、あっ、やだ、やだ……これ、やだぁあぁぁあっっ」
射精していない筈なのにずっと絶頂にいるような、強烈過ぎる快楽の波。
カウパーでぬるぬるのまま扱き上げられる屹立。
戒めながらも親指でグリグリと虐められる鈴口。
胎内を直球で刺激し続ける前立腺への律動。
容赦なく与えられ続ける快感に、奈央の思考は溶けていく。
「ぁあっ、あっ、あ、あ、あぁっ、あっ」
「……っ、可愛い、奈央……ほら。甘く、香ってきた」
もうまともに言葉すら出なくなっている奈央の身体を、余すところなく唇を這わせる志貴は、獰猛過ぎる色気に満ちていた。
すん、と何かを嗅いでは、愛おし気に奈央へと唇を落とし、牙を擦り付ける。
「ひっ、あ、ぁあっ、あっ、ぁあぁあっ、あっ、ぁああぁっ」
「いっぱい熟れた奈央を、食べていい?」
いいから。
全部、あげるから。
早く、早く、俺にも頂戴。
「イっていいよ」
その瞬間。
ガブリ、と首筋に立てられた、牙。
「ひぃっ、っ、ぁあああ……っ!」
全身が痺れるような快感が、身体中を貫いた。
一番求めていた瞬間に、全身が硬直する程の絶頂感が押し寄せる。
と同時に屹立が解放され、我慢の限界を超えていたソコは、勢い良く白濁を散らした。
「あぁあぁっ……っぁあ……」
胎内を穿つ剛直も、ドクリドクリと脈打ちながら奈央の中に果てている。
その感触に熱い息を吐きながら、首筋に吸い付く志貴の欲望が満たされていくのを感じていた。
「……っ、はぁ……はぁ……っ……」
快楽の余韻に、大きく胸が上下する。
惚けたように脱力し、ベッドに四肢を投げ出す奈央に、志貴は艶やかに笑ってから、ずるりと己を引き抜いた。
「……っん……」
「可愛い、奈央。……だけどゴメンね。ちょっと書類を渡してこなきゃいけないから、少し待ってて」
そう言って手早く服を着込むと、精子に塗れた奈央をそのままに、部屋を出て行ってしまった。
1人残された奈央は、ジンジンと痺れる後孔から、コポリと志貴の欲が溢れてきたのを感じたが、拭えるような体力は一切残っていない。
後処理を……と思っても、痺れた思考は上手くまとまらず、ぼんやりと天井を見つめていると、
「ごめんね、1人にして」
すぐに志貴が戻ってきて、奈央の側に腰を下ろした。
「……あぁ、いっぱい出てたね。精子でぐちゃぐちゃだ」
後孔から溢れた白濁を、塗り込むように弄び始める志貴。
「……っ、拭く、ものを……」
「要らないよ。ぬるぬるしてるの、気持ちイイでしょ?」
慈悲深くすら見える優しい笑みで、残酷な言葉を放った、唯一のマスター。
「……っまだ、するの……?」
息も絶え絶えで、指一本すら動かせずに問う奈央に、志貴は真っ赤な唇で微笑した。
「だって、まだ欲しいでしょ?」
ドクリ、と脈打つ鼓動。
もう体力なんて残ってなくて、拷問にも等しいぐらい責め苛まれているというのに、まだ、求められた分だけ身体は熱を帯びる。
海崎との会話で聞いた『コントロール剤』なんていうのは、勿論、ない。
思考も理性も飛んで、目の前の志貴だけしか見えない程に翻弄され、そして志貴はそんな奈央を愛するのだ。
「この部屋から一生出したくないぐらい、愛してるよ」
奈央の血を吸い一層凄みを増した志貴は、誰よりも魅力的で、傲慢で。
誰よりも愛してくれる、唯一の男、だった。
<END>
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