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第4話

 隣の市にある朝日営業所はどうにもトラブルが多い。  土地柄、雷の発生が多い地域のようで家電が落雷で壊れる。そのため豪のところへは、いつも朝日営業所の技術社員から相談の電話が絶えない。 「くそっ、仕事になんねぇ」 「ご……三浦くん、あまりイライラするとミスに繋がるから、すこし落ち着きなさい」  うっかり下の名前で呼びそうになるのを堪える。それに気がついたのか、豪が少しにやっと笑った。 「でも所長、あそこの営業所、説明書も見ないですぐこっちに連絡よこすんですよ?」 「う~ん、あそこのテクニカルは真崎さんかぁ。真崎さん、前の前にいた支店で一緒だったけど、ちょっと適当な人なんだよなぁ」 「ぜんぜん自分の仕事が進まない。企業向けの保守契約の書類だってぜんぜん作成できないですよ。そもそもこれだって営業担当の仕事なのに」  確かに、その契約書は本来営業担当が作成するものだ。 「うーん、それは思わなくもないが……俺も手伝うからあまり大きな声を出すな。女の子が怖がってる」  業務課の一般職の女の子がハラハラした様子でこちらを見ていたので、豪をたしなめる。 「所長」 「ん?」  豪がこちらへやってきて小声で言った。 「今日、家行っていいっすか? そしたらがんばる」 「はぁ? うん、まあ……いいけど」  同じく小声でそう返事をすると、豪はにやりと笑った。 「んじゃ、そういうことで」  大人しくまたキーボードを叩き始めた豪を見てほっと一息つく。  それであれば俺もさっさと書類を確認して定時に上がろう。  そう思い、片っ端から承認の検印を押していった。  それから数分経った頃だった。  テクニカル課の電話が鳴り、一般職の女の子が電話を取った。が、どうにも様子がおかしい。女の子、もとい安田が泣きそうな顔で豪のもとにやってきた。 「三浦さん! バービーテクノロジーさんからお電話です。その、かなり怒ってるみたいで、私の話少しも聞いてくれなくって」  電話の対応をする豪を尻目に、安田に話を聞く。 「安田さん、どうしたの?」 「瀬尾所長、それが……電話に出るなりバービーさんの担当者さん怒鳴ってて、保守契約の件ってことしか分からなかったんです。あとは三浦さんに代われの一点張りで」  怒鳴られて怖かったのだろう、安田の目は少し涙ぐんでいた。  受話器を置いた豪は深いため息をついた。 「すみません、瀬尾所長。俺のミスです」 「何があったんだ」  要約すると、取引先へ提出する契約書の金額が違っていたらしい。  バービーテクノロジーとの契約は、前期と後期で分ける話だったが、それを分けずに纏めてしまった状態で提出したのだそうだ。  たかが契約書、されど契約書。  保守契約はうちの会社にとってドル箱のようなうま味のある契約だ。  しかもバービーテクノロジーは大きな会社で、ここでの契約が取れない場合、損失は大きい。  その数分後にFAXで送られてきた契約書のコピーには、俺の検印がなかった。  その代わりに営業所の林所長の印が押してある。  本来であれば、他部署へ回す書類は必ず俺の検印が必要だ。 「なんで俺の承認を通さなかったんだ?」 「明日必要だから急ぎで作れって営業所の林所長に言われて、もう瀬尾所長も帰ったあとだったんで……すみません」  林所長はどうせ合っているだろうと、ろくに確認もせず印を押したのだろう。  いつもテクニカル課に押し付けているから、正直この契約書の書き方も、下手をすれば契約内容のプランさえ理解していないはずだ。  俺は保守契約の社内フォルダから該当の契約書のデーターを探し出し、内容を訂正し印刷した。  こういうとき、データーがあるとありがたい。  それを印刷し、割り印を押し契約書を作成する。  時間は15時。まだ大丈夫だろう。  俺はバービーテクノロジーの担当者へ電話を入れた。 「三浦くん。今からバービーさんのところに行くぞ」  謝罪はスピード勝負だ。行きがけに菓子折りを買うのは忘れない。 「結構、瀬尾所長って頼りになるんですね」 「いまさらか?」  バービーテクノロジーを後にしたのは、それから2時間後の話だった。  どうにか先方にも誠意が認められたのか、思っていたよりも穏便に話はまとまり、契約成立となった。 「ただのヤリマンかと思ってた」 「本気で殴るぞ」 「冗談です。でも本当に助かりました。すみません、ありがとうございます」 「前の支店でもよくある事だったし、気にしてないよ。それこそあれだ、真崎さんの下にいる時に最初に教えてもらったのは謝罪術みたいなもんだったから。ま、次からは必ず、慣れてる書類でも俺を通してから他部署に出すんだ。いいね?」 「瀬尾所長……」  しゅんとしている豪も男前だ。まあ、そいういうこともある。人間は間違う生き物だ。  なんとなく、こうして仕事中も夜も一緒に接していて、豪のいいところも悪いところも見えてきた。  その度に、俺はどんどん豪が好きになっている。  セフレじゃ、嫌だ。  でも、それを言うとその関係自体も消滅する気がして言えない。 「さて、今日は直帰の申請も出してるし、少し飲んでから帰るか」  そんな自分の気持ちをごまかすように、俺は豪にそう言った。 「え? 龍也の家は?」 「詫びだと思って少し付き合えよ」  俺は豪をゲイバーあんるへ連れて行った。 「え、ここなに」 「俺の行きつけのバー」 「もしかして、ゲイバーってやつ?」 「まーね。ここのママの作る酒、めちゃめちゃ旨いから1杯奢ってやるよ」  そう言って真っ赤な木製の扉を開く。今日はあんるママのほかにもたくさんスタッフがいて賑わっていた。 「こんばんはー」  そう言って中に入ると、あんるママたちはジロジロと「男前のバイのセフレ」を観察し始めた。 「へぇ、この人がうわさの……」 「たーちゃんの顔だけセフレ」 「確かに、顔がいい」  口々に感想を言うママたちに、豪の顔は引きつっていた。 「龍也、あんた外で俺のことなんて紹介してんの?」 「顔のいいバイのセフレ」  カウンター席に座り酒を頼む。俺はいつものゴッドファーザー。豪はギムレットを頼んだ。 「あらアンタ、ギムレットなんて小粋なモン頼むじゃないの」 「ああ、それ頼むと女ウケするんですよね」 「そんなこったろうと思ったわよ。ほらよ」  あんるママが少しだけ乱暴に、ギムレットの入ったカクテルグラスを豪の前に置く。  そんな嫌味にも気が付かないのか、豪はギムレットに口をつけた。 「あ、美味い」 「あ~ら、そのお味の違いがお分かり?」 「あんるママのカクテルは本当に美味しいからね」 「んも~たーちゃんったらぁ~。たーちゃんがネコじゃなかったら好きになっちゃうトコよ!」 「だめだめ! 龍也は俺のだし」 「アンタ、本気なの?」 「え?」  少し真剣なあんるママのトーンに豪が少し驚いた様子で聞き返した。  豪が俺に本気かどうか。  知りたい。でも、怖い。 「……っ、俺トイレ行ってくる」  堪らず俺は席を立ち、トイレへ向かった。  俺がトイレから戻ると、話題はまた別の話になっていてホッとした。  その日は結局ふたりして酔っ払い、俺の家には寄らずそのまま解散することになった。

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