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最終話(第5話)

 結局、豪とはいまだにセフレのまま、ずるずると関係が続いている。  見違えるようにきれいになった倉庫は、俺と豪の秘密の情事が行いやすいように部品棚の配置も少し変わっている。  豪はそんな倉庫に俺を引きずり込むと、キスをしてきた。 「所長、今からセックスしましょう」 「え、夜じゃ、ダメなのか? ほら、明日から連休だし」  連休だから、今じゃなくて夜から連日連夜、ヤりたい。  俺は豪のセフレという地位を、フル活用しようともくろんでいるのだ。 「あー、ちょっと無理かな。今日、地元から彼女が来るんですよね」  コイツ今なんて言った? 「はあ?」 「あれ? 俺、遠距離の彼女いるって言ってなかったっけ?」  念のため聞き返してみたものの、俺の期待は一瞬で叩き壊された。  ああ、やっぱり、バイはバイなんだ。 「ああ、そうかよ」 「龍也?」 「知るか! そこで一人でセンズリこいてろ!」  俺は一応小声で、でもしっかりと豪に怒鳴ると倉庫を出て行った。  鬼のように仕事をし定時で上がると、ゲイバーあんるのいつものカウンター席へ飛び込んだ。 「だからバイは嫌いなんだ! 男と女の間をフラフラしやがって!」  目の前に置かれたゴッドファーザーを一気に飲む。  喉が渇いていたからか、焼ける様な感覚が喉を通る。 「たーちゃん、だったらもう、そんな関係やめたらいいじゃない」  あんるママが言った。 「……顔が好みすぎてムリ」  そう、無理なんだ。 「じゃあ、俺じゃダメ?」 「ダメ。豪がいい」  横に座っている男が話に参加してきたが、顔面偏差値は中の上。到底、豪には及ばない。 「ダメよ、この子、メンクイだもん」  あんるママが横の男にそう言った。何気に酷い。 「そんなに好きなら、略奪しちゃいなさいよ~」 「……ゴッドファーザーおかわり」 「もうっ。たーちゃん今日はもう帰りなさい? そーだ、すぐそこのコンビニね、最近カットフルーツ置き始めてんのよ。自然の甘味でも口に入れて、少し落ち着きなさい。ビタミン摂って、内面からお肌もきれいにしてあげなきゃ」  そう言って、俺はあんるママに店を追い出された。  最近のコンビニには本当にカットフルーツも置いているのか。  コンビニの冷蔵棚には、カットされたパイナップルやりんご、メロン。そして憎きスイカが置いてある。  スイカ。あの青臭いにおいとピンクが、俺と豪を出会わせたのだ。  なんとなく、豪との出会いを思い出してスイカを買ってしまった。ほんの少ししか入ってないくせに400円もするカットスイカをだ。 『俺はどんだけ豪に入れあげてんだか』  家まで重たい足取りで帰る。少し飲み過ぎたかもしれない。  でも、明日から連休だ。まあ、いいだろう。エレベーターで六階まで昇り、自宅へ向かう。  家の前に白い大きなかたまりがあった。 「……なにしてんの」 「龍也」  豪が、ワイシャツとスラックスのまま玄関前に座り込んでいた。 「女は?」 「仕事帰りに、食事して、そのあとラブホでセックスした」  だからなんだよ。 「あっそ」  豪を押しのけて玄関の鍵を開ける。 「……振られたんだよ! 龍也のせいだからな!」  豪に腕を掴まれた。それをすぐさま振りほどく。 「はぁ?! ふざけんなこの野郎!」 「セックス中サヨ子に、龍也の名前言っちまったんだよ!」  馬鹿なのかこいつは! そりゃ女は怒るだろうが! 「知るか! てめぇが悪いんだろうが! 俺のせいにすんな!」 「お前のせいだよ! お前が……っ!」  また腕を掴まれる。さっきより強い力で握られたところが少し痛い。 「はぁ?! ンだこら!」 「からだの相性もめちゃくちゃいいし! 龍也が、なんか知らねぇけど、可愛いから!」  豪は煮え切らない。  そんなところも腹が立つ。もう一度豪の手を振りほどく。 「だからなんだ! 腹立つなこの野郎!」 「だから! もう、お前以外とセックスできねぇって言ってんだよ!」  煮え切らないんじゃなかったのか? 喉から心臓が出るかと思うくらい、その豪の言葉に俺は驚いた。 「くっそ、遊びのつもりだったのに。俺の方が本気かよ。マジだせぇ」  俺の方が本気? 俺だってずっと本気だったてんだよ。クソって言いたいのは俺の方だ。  俺はコンビニの袋からたった今買ったカットスイカの入れ物の蓋を開けると、素手でスイカを数個掴んだ。  それを思い切り豪の顔面めがけて投げつける。  豪の顔面やワイシャツの上でぶつかり崩れたスイカが、ぺちゃぺちゃと情けない音を立て次々と地面に落ちた。  豪は先ほどまでの怒りがどこかへ行ったような、きょとんとした顔で俺を見ていた。 「……ごめんね、大丈夫? 怪我してない?」 「はぁ?」 「ごめんねー。服も汚しちゃったね」  スイカの青臭いにおいがこちらにまで漂ってくる。俺の手もスイカのにおいがする。 「まあ、着替えないと気持ち悪い」 「何でここ来たの?」  俺の意地の悪い顔を見て思い出したらしい豪は小さくため息をついた。 「……ついさっきカノジョに振られたんだ」  豪もこの茶番に気が付いたらしい。 「へぇ。もしかして自棄になってセフレを探してるとか?」 「いや、違くて……」 「ふーん。じゃあ、服汚したお詫びに俺が相手するよ」  そう言って鼻で笑う。 「俺、ゲイなんだ……っ?!」  肩を思い切り掴まれ、玄関に引きずり込まれた。  壁に押し付けられ、そのまま噛み付くようにキスをされる。 「くっそ、めんどくせぇな。ああクソッ! 俺は、お前が、龍也が好きなんだよ!」 「嘘つけ、このバイ野郎」 「あ? バイで悪いか、このゲイ野郎。俺は人間全員が恋愛対象なんだよ! スーパーウルトラ博愛主義だ悪いかこの野郎!」 「はぁ? ゲイの心が貧しいみたいに言うんじゃねぇよ!」  互いに暴れながら室内へなだれ込む。  奥の寝室まで、部屋の中のいろんなものをなぎ倒しながら進んだ。  シングルベッドの上に押し倒され、抱きしめられる。  その瞬間、スイカのにおいが豪から強く漂った。  じんわりと、俺が着ているワイシャツにもスイカの汁が染みこんでくる。 「あのママから、聞いた。お前、昔バイの男に振られたんだってな」 「だから、なんだよ」 「俺を、そいつと一緒にすんなよ」 「して、ない」 「嘘つけ」  さっきまでの乱暴さは姿を消し、優しくキスをされた。 「サヨ子には、悪いなって思うけど、俺は、龍也が好きだ」 「もう、アンタなしじゃ、ダメなんだ」 「それ、セックス的な意味合い?」  最後のあがきのような、嫌味を言う。 「違うよ。セックス抜きでも、龍也が好きだ。お前は?」 「それ、俺のぶち切れた姿見てそれ聞いてんの? 察しろよ」 「俺ばっかに言わせんなよ。ほら、龍也」  知ってるくせに、と思いながらも、その甘い声には逆らえない。 「……お前の、顔もセックスも性格の悪さも可愛げのあるところも、全部含めて、豪が好きだ」 「あー、なんかすっげえ嬉しい」 「そーですか」 「龍也は嬉しくないの?」 「嬉しいに決まってるだろ!」  さっきのお返しとばかりに、俺は豪に深くキスをした。  ◆了◆

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