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第76話
毎日があっという間に過ぎていき、気づけば宮川家に居られるのも後二日になっていた。
荷造りというほどの荷物もなく、ボストンバック二つ分ほどの洋服しかない。
仕事の最終日に近くの居酒屋で従業員のみんなが俺の送別会をしてくれた。
「水沢君は明るくていい子だから、こんな孫がいればいいのにって思ってたのよ」
「白井さんそんな年じゃないじゃないですか」
笑顔で俺を見る白井さんに笑い返す俺に優しい子ねと白井さんが嬉しそうに微笑んだ。
「水沢ぁ、彼女出来たら教えろよぉ」
もう酔ってるのか山口さんが俺の背中をばしばしと叩きながら大きな声を出す。
はいはいと頷く俺に絶対だぞと何度も肩を揺すってくる。
最後まで面倒臭い人だな。
「困ったことがあればいつでも言えよ。みんな水沢を大事に思ってるんだからな」
岩下さんの言葉に泣きそうになってしまう。
俺の出会う人はみんないい人ばかりだ。
みんなが俺との別れを惜しんでくれる中、勧められた酒を断ることもできず飲んでいた。
「翔君、大分飲んじゃったのかい?」
遅れて来た努さんが眠ってしまいそうになっている俺に苦笑した。
「そんなに飲んでないはずですけどねぇ」
「痛い……です……」
俺の頭を叩く山口さんに倒れ込みそうになるくらいには眠い。
「先に連れて帰るよ」
「すいま……せん」
努さんに支えられながら車に乗り込み助手席で眠い目をこすりながら小さく呟く。
「断りきれなかったんだろう?すぐ着くからね」
「努さんと、沙代子さんと……みんなと……もっと、一緒にいたかった……」
柔らかい努さんの声に目を閉じながら途切れ途切れに言葉を紡ぐと嬉しそうに僕もだよと笑う努さんの声が聞こえた。
「大丈夫かい?」
「は……い」
玄関で座り込んでしまった俺に部屋まで連れて行こうかと言う努さんに大丈夫ですと首を振って断った。
だけど眠くて立ちあがる気力がでない。もうこのままここで寝てしまいたいくらいだ。
「親父はまだ仕事あんだろ、俺が連れてくから」
頭上で聞こえた涼介君の声に頼むよと言って努さんは出て行った。
「翔、ほら立てよ」
「うぅ……」
涼介君に腕を引っ張られて渋々立ち上がると視界が歪んでいるのか回っているのかとにかく気持ち悪い。
「……ったく、酒飲まないんじゃねぇの」
「だってねぇ……みんな優しいから」
体重をほぼ涼介君に預けたままへらへら笑いながら階段を上った。
部屋に着くと涼介君は手際よく布団を引いて、座り込んでいる俺のコートを脱がせ布団まで連れていってくれた。
本当面倒見いいよなぁ。
ごろんと布団の上に転がり明かりの眩しさに目を細めながら涼介君を見上げた。
「涼介君、いつもありがとな」
立ち上がろうとする涼介君の服の袖を掴むと何も言わずその場に座った。
「俺の……背中の傷、見ても……何も……聞かなかったし……涼介君、って優しい……」
意識がふわふわして声を出すのも怠くて途切れ途切れになってしまう。
「だけど翔はあいつの方がいいんだろ。あいつと会ってから寂しそうな顔しなくなったじゃねぇか」
近くにいるはずの涼介君の声が遠く聞こえる。
あいつってまた佑真さんの事あいつなんて言うんだから……。
「佑真さん……は……特別、だから……」
目を閉じ名前を口にすると佑真さんの優しい笑顔が浮かんで笑みがこぼれる。
「俺がそばにいても寂しそうな顔してたくせに――」
唇に感じた柔らかい感触に佑真さんとのキスを思い出して幸せな気持ちになる。
「くすぐったいです」
首筋や鎖骨に降ってくる柔らかい感触に身をよじり笑うと佑真さんの悪戯っぽい笑みを浮かべた表情が見える。
ふわふわした意識の中で佑真さんが俺に笑いかけていた。
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