送っていくという俺にそれより五十嵐さんに連絡をしてくれと言い残して慎吾は帰っていった。 静まりかえるリビングに居心地が悪くなり、スマホを起動しながら部屋に戻った。 起動したスマホを見るとLINEがダウンロードされていて未読のマークがついていた。 LINEを開くと五十嵐の名前で『受け取ったら電話しろ』のメッセージが表示され、その後の待ってますと猫が正座をしているスタンプに俺は吹き出した。 佑真さんってスタンプとか使うんだ。 考えてみれば佑真さんとLINEでやりとりをしたことがなかった。そんな必要がないくらい佑真さんは俺といてくれたことに改めて気付いて頬が緩んでしまう。 緊張しながらLINEの通話ボタンを押すとしばらくコール音が響いた後、はいと佑真さんの声が聞こえた。 「もしもし、翔ですけど」 『江角とは仲直りできたのか？』 耳元から聞こえる優しい声に胸がざわついて顔が熱くなる。 「はい。でも佑真さん、この携帯――」 『お前は嫌がると思ったが、連絡が取れるようにしたかった。嫌か？』 好きな人にそんなこと言われて嫌だなんて言えるわけない。俺だって連絡できるのは嬉しい。 「俺いつもしてもらうばっかりで」 『俺が好きでしていることだから気にしなくていい』 「――っ」 恥ずかしくて声が出ない。このイケメンはどうしてこうもさらっとそういう事が言えるんだ。 『翔？』 「そうだ俺、今月いっぱいで仕事辞めることになったんです」 『お前、帰る日が決まったら教えろよ』 何か考えるように佑真さんが話した。 「でも俺まだ住む所も決まってないですよ」 『お前……』 電話越しでもわかるくらい大きな溜息が聞こえた。 何？俺何かまずいこと言ったのかな。アパートの契約が大変そうだからどうしようかとは思っていたけど、何も考えていなかったわけじゃない。 『もしかしてお前、アパート借りるつもりだったとか言わないよな？』 「え!?」 『そのつもりだったのかよ』 驚いて聞き返す俺に怒っているのが顔を見なくてもわかるくらい不機嫌そうな佑真さんの声にどうしていいかわからなくなる。 『そばにいろって言っただろ』 何も返せない俺に溜息交じりの声が聞こえる。 「それって――」 『俺の家に帰ってこい』 「でも……」 嬉しい。また佑真さんと一緒に暮らせるとか夢みたいだ。だけど甘えすぎじゃないのか。 『お前この期に及んで迷惑かけるとか思っているなら怒るぞ』 もう十分怒っているような声で言われてなんだか可笑しくなってくる。 「俺も家賃とか払うので一緒に住んでもいいですか？」 『ああ。でも家賃とかないけどな』 嬉しそうな俺の声に気付いたのか佑真さんの声から不機嫌さが消えていた。 「え？ないってどういう――」 佑真さんの家ってマンションだったよな。賃貸じゃないってこと？でもじゃあ……。 『俺が買ったマンションだから』 「ええ!?」 疑問を浮かべ困惑する俺にさらっと答える。 買ったってマンションを？この人、学生だよな？車も持ってるしどっからその金が出てくんだよ。 『そのうちゆっくり教えてやるよ』 慌てる俺が見えるかのように楽しそうに笑う佑真さんの声が聞こえた。 帰る日が決まったら迎えに来てくれるという佑真さんにお願いしますと言って通話を切った。 俺が思ってる以上に佑真さんってすごい人なんじゃないだろうか。兄さんに負ける気がしないと当然のように笑う佑真さんの顔をふと思い出して男だとか以前に俺なんか相手にもされない気がしてくる。 せめて呆れられないくらいにはしっかりしないとな……。そんなことを考えてるうちにいつの間にか眠ってしまっていた。 「――翔、翔」 「は……い」 ドアを叩く音と俺を呼ぶ声に目を覚まし、ドアを開けながら欠伸をすると頬の鈍い痛みに顔が歪む。 「飯できた――それどうした!?」 俺の顎を掴んで持ち上げながら涼介君が驚いて頬を見ている。 「あぁ……ちょっと」 さっきの欠伸で傷でも開いたのか口の中に鉄の味がする。 「あいつがやったのか!?」 「あいつって佑真さんのこと？佑真さんは涼介君より年上なんだからあいつとか言っちゃだめだろ。それに佑真さんは殴ったりしない」 険しい顔をする涼介君に首を傾げながら溜息をついた。 佑真さんも怒ることはあるけど、怒るというより俺のためを思って叱るって感じで、そんな佑真さんを悪く言われた気がして苛立ってしまう。 「じゃあ誰にやられたんだよ！」 「何怒ってるんだ。涼介君も最低だって言ってただろ、殴られても仕方ないことを俺がしたんだからいいんだって」 苦笑する俺にもういいと言い残して険しい表情のまま涼介君は階段を下りていった。 ここに来てから涼介君には随分とお世話になった。ちゃんとお礼言いたかったんだけどな。 些細なことで苛立ち大人になりきれない自分が情けない。