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綿貫碧(わたぬき あおい)2-5

 しかしクイーンは違う。セックスを始める前に風呂に入っておかないといけないので「お勤め」がある日は、時間に関係なく風呂に入る事が許されていた。 「そっか。じゃあ、寝ようか」 「え、あ、はい」  先ほど、三沢は何故セックスをしなければいけないのかと言ったのに、結局するのかと思って、綿貫は落胆する。それと同時に、自分はクイーンだと思い出し、この男と一緒にいられるのも、クイーンだからだと己の身の程を思い知らされた。  三沢は立ち上がってベッドに横になると、布団をめくった。 「おいでよ」 「はい」  綿貫がその横に入ると、上から布団を掛けられる。 「こっち向いて」 「はい」  三沢の方を向くと、ぎゅっと抱きしめられた。始まるのかな、と思ったが、三沢は何もしてこない。 「しないんですか」 「しないといけないの?」 「いえ」 「じゃあ、今日はこのまま一緒に寝よ」  何を言い出すのだと思ったが、綿貫は断るどころか頷いていた。  三沢の大きな体に包まれる。自分の体が小さいのもあるが、逞しい体は自分なんかとは違う、別次元の男という物を感じさせた。  先ほどの手の感触と同じように、何故かその感触に懐かしさを覚える。その感触は昔、毎日のように一緒に眠ったあの子、しゅうちゃんと同じだと思った。  三沢はしゅうちゃんとはまるで違っているのに何故だろうか。しゅうちゃんの顔はもうあまり思い出せないが、大人しい子どもで、あまりお喋りはしなかった。そして柔らかくおっとりとした話し方は、とても優しい印象を与えてきた。  三沢もおっとりと話すが、あの子とはまるで違う。しゅうちゃんはもっと真面目な感じであったし、顔つきもまるで違うように思える。それなのに何故同じだと思ったのか。名前が一緒だから余計にそう思うのか。  施設の年上の子とセックスした後、そのまま眠ってしまったことはあったが、そのときはこんなに安堵しなかった。あまりにも優しい温もりに、綿貫は泣きたくなってぐっと身を縮めた。 「どうしたの?」 「何でも無いです」  綿貫は、急に、しゅうちゃんに会いたいと思った。人生の中で、唯一求め、求められた存在だ。短い人生の中で何を言うのだと大人は笑うかも知れない。しかし、それがあったから、家族がいない孤独の中、生きてこられたのだ。  しかしすぐに、会ってどうするのだと思い直す。三沢に話したように、会ってもどうにもならない。三沢には言っていないが、本当は、何よりも会うのが怖いのだ。ここまで求めた相手に、忘れられているのが怖い。 「大丈夫。きっとその子は、会いたいと思ってるよ」 「うん」  三沢が優しく耳元で囁いた。それに、綿貫は小さな声で頷くと、急に襲ってきた眠気に、意識を沈めていった。 「泡になる前に、見つけるって約束したんでしょ」  三沢の声が頭の中に響いたが、そんな約束を三沢が知っているはずは無い。もう夢を見ているのだろうと思いながら、綿貫は眠りに落ちていった。          

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