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綿貫碧(わたぬき あおい)9-4

「あるよね。人間はね、過去を美化する。特にあおちゃんみたいに辛い思いをしてきた人間は、その傾向があるでしょ。それに俺だって、あおちゃんだって、昔のままじゃない。そんな俺が昔のしゅうちゃんに勝てるわけないでしょ。俺は確実にあおちゃんを手に入れたかった。俺は俺のために、隠したんだ。あおちゃんを手に入れるためにね」 「三沢さんらしい。性格悪くて、屑だ」 「酷いなぁ」  傷ついた顔をして見せた三沢に、綿貫は笑った。 「でも、誰よりも俺を必要としてくれた。三沢さん、俺だって変わってるって言ったよね。俺も、三沢さんの思うような人間じゃなかったんでしょ。でも、三沢さんは俺を求めてくれた。三沢さんこそ、昔の俺と比べなかったの」  三沢は少し考えた素振りをして見せたが、またキスをしてきた。誤魔化されていると思ったが、綿貫はうっとりと目を閉じてその感触に酔った。 「比べたよ。変わりすぎてるんだもん、あおちゃんはさ。甘い綿菓子から、カカオ100%のチョコレートになっちゃたもんね。でも、関係ないよ。俺の思いはそんな弱いもんじゃないんだよね。愛だとか好きだとか、そんな脆いもんじゃないんだよ」 「本当に、性格悪いよね。俺のことは信じないのに、自分の事は信じてるんですね」 「そうだよ。だから、あおちゃんも俺の事、信じて良いよ。俺はさ、蒼士みたいにはならない。俺は、あおちゃんと一緒にいるために力を手に入れた。まだ未成年だけどね、でも、あおちゃんを守れるよ。だけど蒼士は、まだ自分の力で立っていない。そこがあいつの浅はかな所だ。こんな学園で得た力なんて、何の保証にもならない。多分、あの甲野って子は、初めからそれをわかってたんだよ。だから、中々パピーにならなかった。賢明な子だ」 「でも、そんなの、残酷だ。子どもだからって、好きな人と離れないといけないのかな」  三沢が慰めるように頭を撫でてきた。それに三沢の胸に頭を埋めた。 「この後、蒼士がどうするのかわからないけど、大丈夫。このままでは終わらないから、安心しなよ。あいつはそんな玉じゃない」 「そうかな」 「そう。話がそれたね。俺はさ、こう言いたいだけ。俺は絶対に、あおちゃんを離さないし、離れるくらいなら、全部壊してやる。あおちゃんを殺してでもね」 「屑……」 「そうだね」  綿貫はぎゅっと三沢の体を抱きしめた。その言葉に、ずっと一緒にいてくれるのだと、そう信じられた。 「しゅうちゃん、約束、守ってくれたんだね」 「うん」 「何で、三沢さんに惹かれたのかわかった。しゅうちゃんだからだったんだね。でもさ、それだけじゃない。俺は三沢さんだから好きになった。しゅうちゃん以上に、三沢さんが好きです」 「うん」  三沢の体に包まれながら、あぁ、檻の中だと綿貫は思った。でもそこは、窮屈でもなければ、寂しくもない。柔らかで、温かで、どこよりも安心出来る場所だ。あの絵の人魚のように、幸せの中で微笑み、死ぬまでそこで過ごすのだろう。 「俺だけじゃない。三沢さんも、ずっと檻の中だったんですね。檻の中、ずっと一人で待っていた」  綿貫が三沢の顔を見上げると、三沢は驚いた顔をした後、泣きそうな顔で笑った。それは、自分が初めて三沢を好きだと言った時の表情と同じだった。  そして幼い頃、別れる時に見せた、しゅうちゃんの笑顔と同じだった。 「俺も三沢さんを、もう檻から出す気はありません。どんなに痛くても、苦しくても、三沢さんを愛して上げる。だって、俺、知ってたんです。人魚姫の話、本当はしゅうちゃんも好きだったってこと」  三沢は驚いた顔をした後、あおちゃんには敵わないな、と小さな声で呟いた。 end          

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