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「おいしくなーれ、おいしくなーれ」
「わー、委員長のおかげでおいしくなったよー!」
「嘘つけ」
大翔は他の生徒が客として座る席へ向かい、皇我直伝のメイド術を披露してみせた。平々凡々な容姿ながら生徒会入りを夢見て雑用から部活の助っ人まで何でも引き受けてきた大翔は、いわゆるいじられ役として周囲に愛されている。
そんな大翔の様子を、皇我がそれはそれはつまらなさそうにじとりと見つめていた。
「あのー、会長。僕も萌え萌えニャンってやってるんですけど……」
大翔の百倍はメイド服が似合っている鈴木
が不満げに声をかけるも、皇我は心ここにあらずといった様子で返事をしなかった。
「萌え萌えキュンっ」
「なんだ意外と可愛いじゃん委員長」
「ウケる」
大翔がやけくそになって手でハートを作ると、どっと笑い声が上がった。他校の女子高生もちらほら訪れており、ノリのいい大翔を面白がっていた。面白くなさそうなのは皇我だけだ。皇我の眼光はどんどん鋭くなっていった。
「リップもお似合いよー」
「はいはいありがと」
大翔の色つきリップに気づく同級生も多かった。苦笑いを返す大翔。どう見ても似合ってねーだろ、なんて独り吐き捨てた皇我の声は宙に浮いて誰の耳にも届かなかった。
そうしてなんだかんだ言いつつも生真面目な大翔のこと、客がチェキ撮影の希望をすると引きつってはいたものの笑顔を作ってみせた。
「ひろちゃんいいねー推せるわ」
「推さなくていいしひろちゃんって言うな」
「てかなんで委員長だけガーター履いてんの? エローい」
客である大翔の友人の一人が大翔のガーターベルトをわざと撫でるように触れた。
「触んな!」
皇我の愛撫とは違って官能の色を帯びてはいなかったが、ぞわぞわ鳥肌が立つ。じゃれ合いながらもチェキ撮影を終えて肩で息をした大翔の背後に、皇我がいた。
「あれっ、会長も委員長とチェキ撮りですか──」
撮影係をしていたクラスメートがそう声をかけている最中に事件は起きた。皇我が大翔を力づくで自分に向かせ、大翔の顎を固定したのだ。
「わっ、と」
突然のことによろめく大翔を気づかう間もなく、皇我は公然の場で大翔に無理矢理キスをした。
和やかだった教室は一転して阿鼻叫喚の巷と化した。皇我を慕う者たちは断末魔のような叫び声を上げ、長めのキスの間にスマートフォンで撮影する者も何人もいた。外部生を含む一般の人たちはパフォーマンスの一環だと思ったのか、学園生よりは落ち着いていた。
ようやく唇同士が離れると、大翔は赤面してパニックに陥った。
「な、な、なっ」
「んな誘うような唇してるからだろ」
焦る大翔に皇我はぶっきらぼうに返した。
「はあ!?」
「それに俺はビッチなメイドになれとは言ってない」
「誰がビッチだ!」
「ビッチだろ。あちこち無駄な愛嬌振りまきやがって」
「俺はお前の言ったとおりにしただけだ」
「過剰サービスだって言ってんだよ。再教育が必要だな」
言うやいなや皇我は大翔を俵のように肩に担ぎあげ、放心状態でしんと静まった周囲に振り向いた。
「またコイツ借りるわ。バックヤードは狭すぎたから生徒会室でいっか」
皇我は有無を言わさぬ口ぶりでそう告げ、教室をあとにした。
「何勝手に決めて……助けてー!」
大翔がスカートの乱れも気にせず足をばたつかせるも、皇我は気にもとめていない。大翔の悲鳴は文化祭で華やいだ校内に虚しく響いたのだった。
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