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第27話

 青明はしっかりとした足取りで師の自室へとやって来た。日光に当たりながらラタンチェアに深く腰掛け眠っている主人の肩を安住は掴む。艶を失った髪に反し、まだ燃えるような(あで)やかな黒い瞳が長く濃い睫毛の下から現れる。 「生命尊(みこと)様」  簾の前に彼は膝をついた。 「そのままで構いません。一夜考えました。(わたくし)の答えは変わりません。祭祀者になります。そして生命尊様の跡を継ぎ、務めを果たしたく存じます」  生命尊は細く深い息を吐いた。骨の浮かぶ手の甲がラタンチェアの肘掛けを握り直す。 「いけない」 「っ!何故です!」 「昨日も話したね。祭祀者を継ぐというのはどういうことか。私はね、青明…君を死なせたくない」  張りを失った眦が光るのを安住は傍で見下ろしていた。 「…ですが、(わたくし)は生命尊様の弟子でございます。生命尊様と同じ運命を辿ることこそ、弟子の本懐です」 「違うよ、青明。君の覚悟どうこうの話じゃあないんだよ…私が……ぼく個人が、ぼく個人として君を死なせたくないんだ」  主人の喉が引き攣り、安住はその肩に触れた。巻かれた包帯が炙られ、縮み、焦げていく。爛れた皮膚が透き通って、主人の中に吸収されていく。黒い靄に覆われた視界がさらに狭くなる。眩しいくらいに晴れ、主人の自室を四方八方から照らしていた光はどこか曇ってしまった。耳の奥の騒めきも増し、すでに境内の小鳥の囀りや虫の鳴き声は聞こえず、主人の弟子の声を聞き取るので精々だった。 「それ、は…」 「君が好きなんだ。伝えていたつもりで伝えていなかったね。君が好きだ。師匠と弟子だなどという関係を越えて…」  ゆっくりと長い睫毛が上下する。 「これで…言い遺すことはない。口にしてしまえば、師弟関係は終わりだ。新しい関係などと格好をつけてみたはいいが、君を傷付けるだけだった」 「生命尊、様…?あの…」  蠢く黒い靄の中で簾越しに戸惑っている彼を安住はただただじっと見つめた。 「私は、君を好きで…抱いた。修行だなんて、嘘だよ。師匠失格だ。そんな可愛い声で、呼ぶもんじゃない」  吐血するような調子で生命尊は乾いた笑い声を出す。 「お顔を拝見しても、よろしいですか」 「君に未練を残してしまうよ。もう私は、昨日で君の顔を見るのは最期と決めているんだ」 「……嫌です」  青明は簾をくぐった。安住は目に入った眩しさを焼き付ける。 「生命尊様」 「君はいつでも美しいな。覚悟が、揺らぐよ」  近付いてくる弟子に生命尊は顔を逸らした。 「俺だって貴方のことが、好きなのに…?貴方のことが好きで、でも貴方のようになりたかったから…」  主人は眉を顰めた。安住は胸の中に呑み込んだ漬物石に罅が入っていくような心地がした。 「ありえない」 「公私混同していたのは俺のほうです。貴方でなかったらとっくに辞めていました。ただ貴方が好きで、貴方のようになりたくて…」  顔を逸らす生命尊の前に立ち、骨と皮だけになった肘掛けの上の手を彼は取って両手で握った。 「冷めた俺を温かく迎えてくれたのは貴方だ。行き場のなかった俺に居場所をくれたのも、ただ無駄に生きていた俺に夢を与えてくれたのも、俺の中には生命尊様しかいない…もう貴方を否定して生きていくことは出来ません」  簾の奥の境内の庭園を凝然としている生命尊の目に水膜が張る。瞬かないように必死になり、瞼が小刻みに動いていた。 「夢の中にいるみたいだ」 「俺もです」  生命尊は立ち上がり、目の前の青年を捉えて唇を奪った。彼は柱に追い詰められ、想い人に挟まれる。口付けは角度を変えては濃く絡み、互いに呼吸を貪り合う。枝切れのようになった指に金糸が巻き付き、その手に髪の持ち主は指を差し入れる。 「ぅ、ん…っ、ふ…」  吐血するほど弱った人間とは思えないほどの熱い舌が青明の口腔を掻き回す。遠慮していた彼の舌先も余裕をなくし、大胆に想い人の情熱を受け入れる。 「は、ぁ…っ、ンぁ…」  火照った青年の幸せそうな表情を安住は透けていく身体でじっと見ていた。

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