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第1話 鹿倉家

 中学三年の夏休み、七原雪弥(ななはらゆきや)はサッカー部の練習に打ち込む毎日を送っていた。160センチ台前半の大きい方ではない体で、厳しすぎる太陽の日差しの中、チームメイトと共にボールを追う。  今、彼の家は両親の離婚問題で殺伐としており、外で体を動かせば、その間は家の問題を忘れる事が出来た。  雪弥が所属するサッカー部は、八月の中旬に行われる、全国規模のサッカー大会に向けて、連日ハードな練習をしている。彼はスターティングメンバーでこそなかったが、それなりに試合には出場させて貰える選手だった。  そんな彼は、キャプテンでエースストライカーの鹿倉隆文(かくらたかふみ)に、秘かに憧れを抱いている。  隆文は同級生だが、部員の中でも大人びていて、面倒見がいい。女子生徒にも人気があり、何度も告白されたりしているようだった。 ――もし、僕が彼のような容姿をしていたら…。  違った運命を辿れたのかもしれない、そんな想いを宛てどなく繰り返し、雪弥は隆文に憧憬を募らせた。 「鹿倉、…今日、泊まりに行ってもいいんだよね?」  練習が終わると、雪弥は隆文に確認した。昨日、何気に家に帰りたくないと言ってみたら、それを聞いていた隆文が泊まりに来てもいいと言ってくれたのだった。  ただ、軽い口約束だった為、雪弥は少し不安に包まれていた。 「ああ。準備してきた?…それとも一旦、帰る?」  隆文の答えに、雪弥は顔を輝かせる。 「してきた!直行する!」  日の暮れた路地を、隆文と並んで歩きながら、雪弥は10センチ程高い位置にある彼の顔を見上げた。 「…急にご免ね。家の人には言ってあるの?」 「一応ね。でも今日は…多分、誰もいない筈…。」  隆文からは、ぼんやりとした答えが返ってきた。  中学から同じ校区になった二人は、一度も同じクラスになった事がなかったが、雪弥の努力により、それなりに交流がある関係となっていた。しかし、雪弥が一人で隆文の家を訪れるのは、今日が初めての事だった。  隆文の家は母子家庭で、看護師の母親が一人で建てたという一軒家に住んでいる。家族は他に四つ年上の姉がいるという事だった。  家の中に入ると、出迎えてくれる人はおらず、やはり誰もいないようだった。 「シャワー浴びようぜ。」 「い…一緒に?」  隆文の誘いに、雪弥は硬直する。 「二人で、さっと済ませる方がいいだろ?」  隆文が浴室へと歩き出し、断れなかった雪弥は後に続いた。 「洗濯もしてやるよ。」 「有難う。」  縦型の洗濯乾燥機の蓋を隆文が開けた。汗や泥で汚れたユニフォームや靴下を脱いで、直接放り込む。 「日焼け跡、凄いな!…ケツ、真っ白!」  全裸になり、雪弥の日焼けしていない尻を、隆文が揶揄った。 「自分だって、ケツ白いだろ!?」 「お前の白さには負けるって!」  隆文は軽く笑い飛ばすと、浴室へ入った。  雪弥は人知れず、安堵の溜息を吐く。そして、隆文相手に、何も起こる訳がないのだと、雪弥は頭の中で繰り返し、自分に言い聞かせた。  二人でシャワーを浴びた後、隆文の母親が夜勤前に用意してくれていた夕飯を食べ、リビングルームでテレビを見て、何気ない会話をする。ただ、それだけで、雪弥は気兼ねの要らない空気に幸せを感じた。

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