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第15話

「好きなんです。どうしても、あなたが好きなんです。他の誰かを好きなままでもいい。俺のことを一番に思ってくれなくても構わない。そのままの、ありのままのあなたが好きなんです」  自分の感情を言葉にすることが苦手な睦月がスラスラと気持ちを口に出来た。  感情が溢れる。彼が好きだという感情が勝手に。 「……何を言ってるんだよ……。そんな……そんなのは辛いだけだ。オレはその辛さをよく知ってる。お前にそんな思いをさせたくないよ」 「あなたが辛かった分も、俺が引き受けますから……だから……だからもう一人で泣かないでください……」 「……泣いたことなんかないよ……」  ニコリと笑う松田をじっと見つめた。 「俺には、あなたが笑いながら泣いてるようにしか見えない」  頬に触れた大きな手が見えない涙を拭う。  ――ああ、そうだったのか。ずっと泣いていたのか。自分のことなのに気が付かなかった。だってあの人を好きになって幸せだったのだ、自分は。二人がお互いを心から思いあっている姿を見ているのが、何よりも幸福だったからわかっていなかった。 「オレ、ずっと……泣きたかったんだ……」  手の届かない相手を思い、その場にずっと佇んで動けなかった。それでも好きでいることが自分の誇りだった。なんの見返りもなく思い続けていることで、自分を奮い立たせていた。  そうでもしないと、一人きりでは立っていられない。そんなに強くない。誰かの温もりに身を委ねて、支えてほしくなる。 「俺の前では泣いていいですよ」 「……ナマイキ」  睦月の腕が松田の身体を包み込む。  与えられたかった温もりは、あの人の温もりではないけれど。それでも松田はとても安心出来た。欲しかったのは、あの人の思いや温もりではないとちゃんと悟っていたから。 「前にも言ったけどオレはきっと、ずっとあの人のことが好きだと思う。それは……恋とか、抱きたいとかそういうんじゃなくて……もうオレの一部なんだ」 「はい……わかります」 「だけど、また誰かを好きになりたい。幸せにしてあげたいし、幸せになりたい。その相手に、お前を選んでもいいのか……?」  包み込んだ身体が震えていた。己の孤独を受け入れた彼がようやく見せた弱さを大切にしたいと心底思った。 「俺以外、他に誰がいるって言うんですか。遠慮しないで俺と一緒に幸せになってください」  ぶわっと音をたてて感情が溢れ出した。  これまで共に仕事をしてきた日々や、肩を借りたあの日、睨むような目が熱を持つようになった時間を思い出す。  頑なだった恋心に一歩一歩、確実にしっかりと足跡をつけて入り込んだ睦月の強い思いが今、松田の内側を溶かすように沁みていく。 「うん、そうだな。……次の恋を一緒にしてみようか」  そう言って微笑んだ松田に、睦月はそっと口付けをした。少し驚いた松田が恥ずかしそうに俯くから、もう一度、今度は視線をしっかり交わしあってから重ねあった。  照れ笑いを浮かべあって、クスクスと小さな声で何度もキスをする。  やがて、深く強く唾液を絡め、舌を吸い付き合い、頭の芯からビリビリと電流が走る感覚に踊らされながらもっとお互いの熱さを知りたいと望む。  もう少し、熱がほしい。 「そういえば……」 「なんです?」 「オレってネコなの? タチなの?」 「え? ネコ? タチ?」 「ああ、だからさ……つまり、抱く方か抱かれる方か」 「なっ……」  そこまではまだ考えていなかった睦月は急な話に顔を真っ赤にした。それを見た松田は「あはは」と笑った。  その笑顔は今まで睦月が見たどの笑顔よりも柔らかで、朗らかで穏やかな笑顔だった。 「――あなたのその笑顔が、ずっと見たかったんです」  貼り付けられた営業用の笑顔ではなくて、心からの微笑み。しがらみのない笑顔を。 「オレも、君のその顔、ずっと見てみたかったんだ」  気が付けば睦月もまた、心から愛おしい人へ向けて晴れやかな笑顔を見せていた。 恋も二度目なら上手くいくと誰かが言っていた。  何かの歌詞かもしれない。  もし、そうなら次の恋が上手くいくといいなとそう願った。  あの人の次の恋が、幸せな結末ならいいと。  その相手が自分ならきっと上手くいく。  だから、そう――二度目の恋を、二人で始めよう。

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