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第14話
「え? 今なんて?」
「出て行きますって言いました」
仕事が終わって帰宅したあとすぐ、スーツも脱がないままで言った。勢いで言わないとずるずると先延ばしにしそうだったからだ。
「どうして急に……」
「別に急なんかじゃないです、すぐに出ていくつもりだったのに長くいすぎました。迷惑をかけてすみませんでした」
自分のベッドに腰掛けてスーツ姿のままの松田は両手で顔を隠して溜め息を漏らした。
「……迷惑だなんて思ってないよ。オレがうちに来なよって言ったんだし。部屋もじっくり探せってオレが言ったんだから……出て行く必要は……」
「避けられているのに?」
顔を隠していた手を離して睦月を凝視した松田は今にも泣きそうな顔をしていた。まさかそんな表情をするとは想像していなかった睦月は自分の言った言葉を悔やんだ。
松田を傷付けた。一番、傷付けたくない人なのに。
「違う……避けてないよ」
「避けてましたよ、最近ずっと目も合わせてくれなかった」
目を合わせなくても仕事は出来る。同じ部屋で過ごすことも出来る。それはとても不自然だけれど、不可能ではない。お互い大人だ、仕事に支障をきたすような真似はしない。少なくとも松田は周りにそういうことは悟らせない。
「それは……その……恥ずかしかったんだよ」
「恥ずかしいって、何がですか?」
松田が恥ずかしがるようなことをした覚えはない。こちらはいつも通りに接していたはずだ。
「……この間、一緒に飲んだとき」
「飲んだとき?」
まさか抱き締めたことがそんなに恥ずかしかったのか。てっきりあれは酒の酔いに任せた戯れだと思われているのかと。それに途中で寝てしまったし、そのことについて松田が触れることはなかった。
抱き締めたことで避けられているのだと思い込んでいた。
「寝たふりしてたんだ……なんか抱き締められることって初めてで……あんなふうに肩を……身を委ねることが安心出来るなんて知らなかった。だからどんな顔で君を見ればいいかわからなくなって……つまり……その……」
「……つまり?」
一歩、松田のいるベッドに近付いた。松田はそれに敏感に反応してベッドから立ち上がった。
「オレと、恋がしたいって……」
「聞いてたんですか」
寝ていると思って囁いた言葉はしっかりと松田の耳に入っていた。
つまり、その言葉が恥ずかしくてずっと避けていたということ。
「それって……」
「だって、君、同性は対象外だと思ってたし、いつの間にそんなことになってたのって混乱しちゃって……」
一歩、また一歩と松田に近付いていく。そうすると松田は同じだけ離れていく。
「そしたら急に、なんだか意識しちゃって、もうどうしようもなくって……」
「松田さん」
全部、把握した。彼は自分が好きなのだ。少なくとも、ただの同居人とは思っていない。それ以上の感情を持っている。
今すぐ彼を抱き締めたいと思った。だから大股で松田に近付いた。すると松田は慌てて踵を返し部屋の隅に逃げた。
この期に及んでなんで逃げるのかじれったくて、そんなに広くない部屋で松田を追いかける。隅から隅を這うように逃げる松田を捕まえるのは簡単だった。部屋の中で逃げ切れるわけがない。
壁に松田を追いつめて腕を掴むと、壁に縫い止める。
目の前に、手の届く傍に彼がいる。
怯えたような、期待しているような、複雑な目で睦月を見やる。
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