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第13話
最近、なんとなくだが松田に避けられている気がする。
仕事中もどことなく素っ気なく、用件を伝えると目も合わせずに返事をして背を向ける。家にいるときもあまり話しかけてこない。いつもはちょっとした下らないことでも話しかけてきてくれたのに。
あの日からずっとだ。彼を抱き締めた日からずっと他人行儀だ。
抱き締めてはいけなかったのだと後悔する。彼の心の中に入り込んではいけなかったのだ。それでも抱き締めたかった。そうしたかった。彼を孤独から救いたかった。
結局は自分のエゴだったのかもしれない。彼は孤独など感じておらず、今までのままでいたかったのかも。
いつまで思っても手の届かない存在。まるで松田にとっての加賀美のような。そんな不毛な感情を自分も抱くことになるなんて。
睦月自身、不思議だった。今まで同性に憧れたり尊敬したりすることはあっても、性の対象として惹かれることなど一度もなかった。彼女とは長いこと身体の関係を持っていなかったけれど、だからといって男を抱きたいと思ったことはない。
けれど今はごく自然に感じている。彼と恋愛がしたい。ゆっくりと確実に関係を築いて優しい恋がしたい。
こんなにも強く惹かれている。好きなのだと、はっきりと言える。
きっと、ずっと惹かれていたのだ。初めて話をしたときから。加賀美と話す松田を見てモヤモヤしていたのは嫉妬で、彼女を信頼していると思っていたのは恋愛の対象ではなくなったからだ。ひどい話だが興味がなくなってしまったのだ、女性として。性の対象として。
彼女はそれを感じ取って離れていった。なんて最低な男なんだ。彼女に罵られても、殴られてもおかしくなかった。それをしなかった彼女はやはり聡明な女性だ。あのまま何もなく結婚していたら彼女の尻に敷かれながらも幸せに暮らしていけていたはず。
けれどもう戻れない。自分は知ってしまった。この世には、性別も世間体も何もかもどうでもよくなるほど惹かれてしまう相手がいることを。
「なんだか変な感じですね?」
「え?」
営業課に用があってやって来た和泉が隣の席の松田に小声で言った。睦月にも聞こえて、思わずそちらを見る。
「松田先輩、何かありました?」
「何かって、何が?」
慌てて和泉から顔を背ける松田の持つ書類は上下が逆になっていて、それに気が付いた和泉がニコニコしながら書類を取り上げて逆さまになっているのを直してからまた松田に手渡した。松田はばつの悪そうな表情で書類を受け取る。
「ね、清沢くん?」
わざとらしく睦月に訊ねる和泉は全てお見通しのようで、睦月も松田に倣って顔を背けた。
「ふーん……」
やましいことなど何もないのに和泉に自分の気持ちを見透かされている気がして恥ずかしかった。
「松田先輩、いいんじゃないですか?」
「えっ?」
「きっと、大丈夫ですよ」
「……うん」
松田がチラリとこちらを見て、和泉も睦月に微笑んだ。どういう意味なのかわからず怪訝な顔で和泉を見ると、ニコニコしたまま自分の部署に戻っていった。
「なんの話ですか?」
訊ねると上下の戻った書類からチラリと顔を出して、松田は眉を下げた。
「……なんでもないよ」
「そうですか」
それ以上は訊かなかった。また松田と和泉と加賀美の三人だけにしかわからない話なのだろう。三人の絆というやつだ。
胸がムカムカする。いらだたしい。どうしてもっと早く松田と出会わなかったのだろう。松田が加賀美と出会う前に出会えていたなら。
――松田が長い長い片思いをする前に出会えていたなら。
そんなどうしようもないことばかり考える。松田が加賀美と出会う前に自分と出会っていたなら何か変わっただろうか。いや、きっと変わらない。その頃の自分には既に彼女がいたし、松田に惹かれなかった。
今、ここでこうして出会えたからこそ惹かれた。加賀美をずっと思っている松田だから惹かれたのだ。
松田の家に世話になってもう三週間。当初の予定より長くいる。じっくり探した方が良いと言う松田の言葉に甘えてついつい長居してしまったがそろそろ潮時だ。このまま避けられ続けられたらさすがに心も折れる。それに少し距離を置いた方が自分の気持ちも整理が出来る。
このままではきっと自分の気持ちに押し潰されてしまう。好きだと言えずに一緒にいることがこんなに歯がゆいなんて。
今夜帰ったら松田に家を出ることを話して、荷物をまとめよう。そして伝えるんだ。
あなたを大切に思っている人間がここにいるのだということを。
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