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第12話
「甘える場所が、あなたにはなかったんですね」
「……清沢、くん……?」
甘えてくる人や頼ってくれる人はたくさんいたけれど、松田が甘えられる相手は一人もいない。誰かに優しくすればするほど、それは反比例していく。それが普通になってしまった彼が安らげる場所はどこにあるのだろう。
それを人は孤独と呼ぶのではないのか。
「松田さん」
今、彼に出来ることは彼を抱き締めることくらいで、こんなことくらいしか出来ない自分が口惜しい。それでも、ほんの少しでも彼が肩の力を抜いて安らげる場所になれたなら。
「どうしたの、清沢くん? 酔っ払った?」
抱き締めているのはこちらなのに、背中をポンポンと軽く叩いて慰めようとしてくれるその行為が痛々しく感じる。どうして素直に寄りかかってくれないのか。職場の先輩だとか、年上だとか、居候だからだとか。そんなもの全部取っ払って、丸裸になれば同じなのに。
「お酒入って哀しくなっちゃったかな? 彼女と長かったんだもんね、辛かったね」
「違います、そうじゃないです」
腕に力を込めて松田を思いきり抱き締めた。伝わらなくてもいい。伝えたいわけじゃない。ただ、彼のよりどころになりたい。
松田がずっと加賀美を好きな気持ちが理解出来た気がした。伝わらなくても、報われなくても、そこに存在していてくれるだけで幸せだと思える。そんな相手がいることが何よりも幸福なのだと。
「あなたはもっと、甘えるべきだ」
「甘えるって、誰に? オレは大丈夫だよ?」
「大丈夫って顔してないですよ」
抱き締めた肩が小さく揺れた。初めて松田が見せた一瞬だけの弱さ。
「……清沢くんは、優しいねぇ」
「松田さんには適いません」
「ああ、もう……参ったなぁ……」
睦月の肩に松田の額が寄り添ってくる。抱き締めた身体が熱を持つ。
「ホント、オレってこういうのに弱いんだよね。いいんだよ、辛いときは泣いてもさ」
「何言ってんですか。あなたの方が泣きそうな顔してるじゃないですか」
「そりゃ、オレも人間だからね……」
睦月の腕を振りほどくこともなく、肩に預けた額は更に重みを増す。松田が自分から睦月に身体を委ねているのが伝わり、胸の奥から熱いものが溢れてくるのがわかった。
「……辛いときは、泣いていいんですよ」
「……ふふ」
微かに声を出して笑った松田の頭を撫でてみた。柔らかい髪からは同じシャンプーの匂いがした。
「同じこと、言ったことがあるよこういうときは泣いていいんですよって」
誰のことを言っているのかすぐにわかった。けれどそこには触れずに黙って髪を撫で続けた。彼がやがて安心しきって眠りにつくまで、ずっと。
何も考えないで。あなたは十分、頑張ったのだから。もう楽になっていい、と。
眠った松田をベッドに運び寝かせると、顔にかかった髪を直して寝顔を眺めた。
「オレはあなたと恋がしたいです、松田さん……」
そのつぶやきは誰にも聞こえていない。きっと松田にも。
今はそれでいい。もう少しだけ、このままで。
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