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 バイト中に、気分が悪くなってぶっ倒れた。  目が覚めて一番に見た両親の顔は一生忘れない。アレは絶望と混乱、そして諦めが入り混じった顔だった。  白衣を着たやたら優しそうな医師が、俺に夢物語を話して聞かせる。 『センチネル』と『ガイド』  聞きなれない言葉である『センチネル』とは、最近国が公表したばかりの能力者のことだ。だが、能力者と言っても五感が余りに鋭くなり過ぎて普通の生活すら怪しいのでは、何の役にも立たない。むしろ害ばかりだ。  だがその暴走したセンチネルを癒す存在があるらしく、それを『ガイド』と言うらしい。  どちらも突然覚醒する者も居れば、物心ついた時から覚醒している者も居るらしい。  まだどちらも報告例が少なく研究が進まないことから、殆んどの事が謎に包まれている。  だが、そんな状況下でもガイドがセンチネルを癒せることだけは確かだった。ただその癒しの方法こそ…大きな問題であったのだ。 『身体的接触』と『性的接触』  覚醒し苦しむセンチネルには今ある鎮痛剤や神経系の薬が一切効かず、ガイドからどちらかの施しを受けて癒されるしかなかった。  身体的接触はまだ良い、伝達し易い場所の素肌に触れるだけで良いのだから。問題は性的接触の方だ。  因みに身体的接触治療を担うガイドを『ファーストガイド』と呼び、性的治療を担うガイドを『セカンドガイド』と呼ぶらしい。  ベッドの横でどんどん顔色を悪くする両親を見ていると、何故か無性に他人事の様に感じた。 「先生…」  抑揚の無い俺の声に医師は何を勘違いしたのか、眉を下げ哀れみを込めた目を向ける。 「なんだい?」 「俺の場合、ファーストガイドじゃダメなんですよね」 「……まだ気分が悪いだろう?」 「はい。妙に視界は眩しいし、これが無いと音が大きすぎて耳が痛いし、頭痛と吐き気がします」  両耳に嵌められた補聴器のような物に手を当てれば、医師は訳知り顔で頷く。 「今日来てくれていたボランティアの子の中で、一番君と相性の良いガイドにお願いして、凡そ二時間手を繋いで貰った。ファーストガイドの治療で、最も多く取られる抑制方法だよ」  俺の意識の無い間のことだ、全く記憶にない。 「普通なら一時間も有ればピンピンして帰れるし、半月は問題なく暮らせる。けど君には殆んど癒しの効果が現れていない」 「つまり俺は、身体的接触じゃ回復を見込めないって事ですね」  何となく、掌を見つめた。  これが無駄に手を繋いだ俺の手か。 「身体的接触では治まらない訳だから、俺用のセカンドガイドが国から派遣されて来るって事ですよね」 「ああ…そうだよ。恋人でない限り、ボランティアで性的接触の治療を行えば法に触れてしまうからね…」  だから、きちんと国に登録されたガイド(と言っても一般人)を病院に派遣するらしい。  簡単にではあるが回復速度の相性も調べられる為、派遣された相手さえいれば多少の期間は安心して普通の暮らしが出来る。  医師の話に無表情を貫く俺とは引き換えに、再確認させられた悲しみからか母親が涙をこぼした。  何が悲しいんだ? これから苦労するのは俺なのに。それより、俺には聞きたいことがある。 「先生、そのガイドですけど、来るのって女性ですか?」  その質問に医師はやっと笑みを見せた。 「ああ、女性だよ。君は男の子だからね。ただ、まだセカンドガイドを担ってくれる女性ガイドが少なくてね…」  性的接触治療は、例え一番軽い接触でも言ってしまえばキスをしたりする。センチネルはガイドの体液を貰わなければならないからだ。それを許容する女性が少ないのは必然的だと思えた。  それ以上になれば、妊娠の危険性だって女性には有るのだから。  もしかしたら派遣に時間がかかるかもしれない、という医師に、俺は口を開く。 「先生、それ、男に変更出来ませんか?」 「え?」  聞き返したのは医師だけではなかった。両親も俺を凝視している。 「俺、ゲイなんです。女性相手だと余計に気分が悪くなるかもしれないから、出来れば同性相手でも良いっていう男のガイド、お願いします」  医師は蚊の鳴くような声で返事をした。  例え今は少なくても、これからどんどんセンチネルは発見されるんだろう。そうしたら、きっと俺みたいな奴が他にも出てくるはずだ。  国は今から、そんな奴の対処法だって知っておかなきゃならない。俺はその良い例になるだろう。  何となく可笑しくなって、ベッドに体を預けながら軽く笑った。そんな側では先ほどよりも大袈裟に泣く母を父が宥めている。  医師はただポカンとして立っていた。  この部屋は今、どの世界よりも混沌としていると思った。

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