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番外編:風見雅人 後編

『オメガはアルファの性玩具』  そう揶揄されていた時代は遂に終わり、オメガにも人権が与えられた……かのように思われていた。だが実際は、アルファの玩具から、その身を着飾るための装飾品になったにすぎない。 「風見雅人? ああ、あのオメガは確かに良いな」 「オメガらしさには欠けるが美しいし、頭もキレる。ああいうのを組み敷くのも、たまにはいいかもしれない」 「家柄も申し分ないからな。アレを手に入れられたら、暫くは連れて歩きたくなるだろうな。どうだ、賭けでもしてみるか? 誰があの極上オメガを落せるか」  下品な笑い声が響く部屋の外で、血が滲むほど唇を噛み手を握り締める。  どれだけ出来がよくとも、アルファよりアルファらしい容姿であっても、オメガは矢張りオメガにしかなり得なかった。俺を見つけた本物のアルファ達は、希少な宝石を目にしたかのように俺を欲する。ただこの身を犯し我が物として、他のアルファとの差別化を図ることしか頭にないのだ。  第二の性などに邪魔はさせない。オメガであっても王の座につくことができるのだと……、必ず……必ず思い知らせてやる。そう思っていた。 「初めは、お前を利用してやろうと近づいた」  群司の兄の宗一は、アルファ界でも随分と上の方に君臨している存在だ。雲の上に行くには、雲に乗るしかない。孤独に過ごす群司の存在は、容易く利用できるように見えた。 「でもお前は、まったく俺を相手にしなかった。その目にはいつだってお前の兄貴の姿が映されていて、織部の家が映されていて……それ以外が入り込む余地なんて少しもなかった」  アルファよりアルファらしい、極上のオメガ。アルファであるならば、喉から手が出るほど欲しいと思う希少な一品。そう自覚して生きてきたというのに、こんな道端に落ちているような石ころに、まったく相手にされなかったのだ。悔しかった。しかしそれ以上に、どうしてか焦燥感に襲われた。  群司はただの踏み台にすぎなかったはずなのだ。本当の狙いは兄の宗一、奴を食い物にしてやるつもりだったのに、群司の視界に入れないことが、不安で不安でしかたなかった。 「俺が王の座につけば、漸くお前も俺を見るだろうと思っていた。お前が追っていた兄貴が座った椅子なんだ、少しは興味を持つと……でも……。あの頃も、いつも夕日をみては兄を想っていたな。では今は? 今は一体、何を想っている? まだ兄の背中しか見えていないのか…?」 「違うっ! 俺は…」 「愛している……そう言ったら、お前は俺を笑うか…?」  利用しようと近づいて、勝手に群司に執着し……堕ちた俺は、群司を手に入れるために卑怯な手を使い、脅して婚姻関係を結び、なかば無理やりその躰を開かせた。  醜い醜い、この想い。 「愛してるんだ、群司。今更お前を手放してはやれない」  群司は一瞬瞠目し、そしていつものような笑みを作ろうとして、失敗した。その瞳から、涙がこぼれた。 「すまない、群司」 「違う、違うんだ雅人」 「群司…?」  流れる涙を指で拭ってやれば、またその瞳から涙が溢れる。 「雅人は、兄さんに気があるのかと思ってた」 「なッ、」 「俺を利用して、兄さんの気を引きたかったのかと」 「やめてくれ! あんな性悪男に、誰が惚れるもんか!」  群司が泣きながら笑う。 「なあ、昔俺に何度か聞いたことがあるだろ?『もしもオメガじゃなかったら、俺を見るのか』って」 「……覚えていたのか」 「そりゃ覚えてるよ、毎日絡んで来るんだから」  群司の視界に入ろうと、必死だった頃の自分を恥ずかしく思う。……今も、大して変わらないのだが。 「あの頃は、確かに雅人がアルファであることを望んでいたかもしれない。その方が、負けるにしてもまだマシだって。でも、今は違う。雅人がアルファでも、オメガでも、怖い」 「怖い……?」 「お前に、運命の番が現れることが……怖いんだ」  真っ直ぐに俺を見つめる瞳に、思わず息を呑んだ。群司が俺の手を握る。 「俺を一人の人間として扱ってくれるのは、お前だけなんだ。俺だって、今更この手を離したりできない。でも、もしも、もしもお前に運命の番が現れたら? 織部にも捨てられて、お前にまで捨てられたら……?」 「ありえない」 「でも、」 「絶対に、ありえない。俺にもし運命が現れたとしても、俺はそいつに揺らがない、選ばない。命を懸けて誓う。群司にもしも運命が現れて、お前がそいつを選びたいと言っても……殺してでも阻止するつもりでいる。冗談じゃない、本気で言っている。俺の運命は、俺が決める」 「でも、そんなことしたら風見…」 「家のことなどどうでもいい。俺に必要なのはお前なんだ群司。お前しかいない……」  群司の背骨が折れてしまいそうなほど強く抱きしめる。  誰かに奪われるくらいなら、この手で殺してしまう方がまだマシだ。 「愛してる、群司。どうしようもなく、お前だけを愛してるんだ」  俺の背に、群司の腕が回った。 「俺も、雅人だけだ」  頼むから、俺を見捨てないで……そんな言葉は最後まで言わせまいと、自らのそれで塞いでやった。  互いの熱が溶け合って、燃え上がる。  この炎を消すのは、例え神の決めた運命であっても……決して容易ではない。 END

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