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『平熱37.0℃』

 恋人は芸歴二十三年のトップアイドル。  自身のアイドル活動はもちろん、プロデュース業もこなし、月二本の雑誌のモデルも並行し、頭の回転が早く話術も巧みだからバラエティー番組にも引っ張りだこ。  丸一日の休みなんて、年間通して片手で足りるほどしかない。  三人組ダンスアイドルグループ『CROWN』のリーダー、セナ。 美しく整った容姿は一見冷たい印象を与えるけど、メディアに出てる時は真顔でいる事はほとんどない。  八重歯を覗かせてキラッと笑うヤンチャな顔で、見た者すべてを虜にする聖南の無邪気な人格が、俺には眩しくてたまらない。  聖南が居る世界は常に輝き続けていて、俺にとっては、たまに姿を見失ってしまうくらい彼は大きな存在だ。 「大丈夫ですか? まだ気分悪い?」 「は、る……」  いつも元気いっぱいで、「風邪なんて二十年は引いてねぇ!」と豪語していた聖南が、昨日いきなり倒れた。  帰宅しても珍しく無口で、毎日しつこいくらい仕掛けてくる俺へのスキンシップが、昨日はほとんど無かった。  何事かと思い、うつ伏せに寝ていた聖南のおでこを触ってみるとめちゃくちゃ熱くて、「聖南さんが熱だ!」と騒いだ俺は今日になってやっと冷静になってきた。 「葉璃、…向こう行ってろ…。 うつるといけねぇから…」  聖南が俺を遠ざけようとしてる。  おまけに、普段はメロメロもんのイケてる声がセクシーに掠れていた。  不謹慎だけど、これはこれで好きだな…かっこいい。  弱ってる聖南を見るのが新鮮で、しかもCROWNのマネージャーである成田さんから念押しされてる事もあって、いくら聖南がそう言っても俺は聞かないもんね。 「嫌です! 聖南さんのこと見張ってろって成田さんに言われたし、俺の意思でここに居るんです!」 「……見張るって何だよ…どのみち動けねぇよ…。 え、ちょっと待て、…俺どうなんの…? …死ぬの?」 「何言ってるんですか、ただの風邪ですよ。 現場で貰っちゃったんですかね」 「誰だよ、俺に菌ぶちかましやがったのは…ゴホッゴホッ…っ」  聖南が弱気になってる。 …新鮮過ぎる。  マイペースで俺様憮然としてるいつもの聖南が、熱に侵されて苦しんでるのに…。  ベッドに横たわってる弱気な聖南が可愛くて可愛くて、何でもしてあげたいって思った。 「葉璃、マジで向こうに行っ…」 「嫌です。 聖南さんが寝るまで、こうして手繋いでます。 人肌、安心するでしょ?」 「……あぁ、安心する…。 葉璃は風邪怖くねぇの…?」 「怖くないです。 聖南さんが元気になるなら、いくらでも俺に菌をぶちかまして下さい」  芸能界では先輩後輩でも、その前に俺は聖南の恋人なんだから。  弱音も、弱気なところも、死にそうにツラい風邪も、俺が全部受け止めてあげる。  ククッと控えめに笑った聖南の唇から、少しだけ八重歯が覗き見えた。 「葉璃はそんな汚ねぇ言葉使うな。 俺の真似するとロクな事ねぇぞ」 「俺の目標は「セナ」の背中を捕まえる事なんですよ。 少しくらい真似させて下さい」 「真似するとこが違げぇよ…。 てか、葉璃はもう俺の全部を捕まえてんだろーが」  笑いながらギュッと俺の手を握り返してきた聖南は、言うだけ言ってこてんと寝てしまった。  薬が効いてきたのか、荒かった呼吸も落ち着きを取り戻している。  俺は、聖南の熱くて大きな手のひらをほっぺたにあてて、丹精な寝顔を見ながら呟いた。 「聖南さん、普段から子どもみたいに体温高いから…俺はいつも安心もらってる事になるね」 『平熱37.0℃』終

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