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『唯一恐れる者』

 聖南は0歳児の頃から芸能人だから、この業界の偉い人とは大体知り合いだ。  聖南が大きくなるにつれて、その時はまだADさんやAPさんだった人達が年数を重ねるごとに順調に出世していき、アイドルとして活動し始めた当初から『CROWN』を積極的に各々の番組に起用している。  人懐っこい性格故に共演者にもスタッフさんにも分け隔てなく、誰に対しても態度が変わらない聖南を常日頃見ている俺は、目の前の光景を信じられない思いで見詰めていた。 「はい、…はい。 それはえぇもう、僕が命をかけて守りますんで…」  らしくなく背中をピンと伸ばし、左の握り拳を左膝に置いて、右手で持ってるスマホの持ち方さえおかしい聖南は、数分前からこうして恐縮しきりだ。  ……「僕」とか言ってるし。 「社長からもキツく言われてますんで。 はい。 …そうなんすよね。 ……はい、その件についてはご心配とご迷惑を……」  誰と話してるのかなと思って隣で聞いてたけど、何となく分かった。  多分、聖南が産まれた時からお世話になってる大塚芸能事務所の大塚社長……の、奥さんだ。  社長にはこんな話し方しないし、態度も王様みたいだし、自分の事を「僕」だなんて絶対言わない。  ついでに言うと、俺の両親にさえこうはならない。 「〜〜あぁぁぁっ、ビビったぁぁ!」  通話を終えた聖南は、スマホをポイと投げてソファに転がし、絶叫しながらギュッと俺を抱き締めてきた。 「社長の奥様…ですか?」 「そう! よく分かったな! 俺がヤンチャしてた頃から、たまにこうして電話してきて母親みたいに叱りとばしてくんだよ! 怖えよ!」 「……聖南さんにも怖いと思う人が居たんですね。 何か怒られるような事したんですか?」  聖南は叱られるという経験が少ないせいか、遠慮無しな奥さんの事がよほど苦手らしい。  俺をギュッてしてくる力が尋常じゃなくて、興奮してるから声もいつにも増してうるさい。 「葉璃との事が奥さんの耳に入ったんだよ。 絶対バレるな、浮気をするな、何があっても葉璃を守れ、自分の体面より事務所の体面と今後を考えろ、とか何とか色々言われた!」 「ぷっっ……!」 「コラッ、笑い事じゃねぇよ! 葉璃の事はともかく、事務所の金回り事情なんて俺知らねぇのにさ! 十五年後は役職付けるんだからしっかりしろって、どういう事なんだ! 初耳だっつーの!」 「それだけ聖南さん期待されてるんですよ。 事実、大塚の稼ぎ頭はCROWNの三人じゃないですか」 「嫌だー! 俺が毎日事務所でパソコンに向かって数字打ち込んでんのなんか見たいか!? 見たくねぇだろ!? なぁ、葉璃ちゃん!」  叱られ慣れなくて激しく動揺した聖南は、知らぬ間に自身にのしかかっていた重圧に今気が付いたみたいだ。  「なぁなぁ!」と俺の肩を持って揺さぶってくる姿は、……いつもの聖南じゃない。 「ちょっ…脳みそ揺れる…! まぁ、俺の意見ですけど、聖南さんはずっとマイク持って笑っててほしいです」 「…それだと部門が変わんねぇ? マイク持って「歌ってて」ほしい、の間違いだよな?」 「あっ! で、でもなんだろ、違和感ないですよ! 今も聖南さん、マイク持って笑ってる事多いですし!」  俺の言葉に聖南は唖然として、しまいには唇を尖らせた。  テレビの中の聖南は、常に笑っててキラキラと輝いてるんだ。  そのまま輝き続けていてほしい、って意味で言っただけなのに、聖南の機嫌がどんどん悪くなる。 「葉璃…俺一応歌って踊るアイドルなんだけど……」  芸人じゃねぇよ?と力無く呟いて、俺の膝に懐く大きな聖南。  ……最近よく思うんだ。  聖南の情緒不安定は俺のはるか上をいってるかもしれない、って。 『唯一恐れる者』終

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