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『ファンレター』

 その日、映画撮影の真っ只中である恭也と、時間を合わせてある物を受け取るために事務所で落ち合った。  危険物が同封されていないかがすべて調べられた後の、デスクに置かれたダンボール宝箱四つ。 「二箱ずつだって! 今月もいっぱいだー…!」  この宝箱の中身は、ついつい鼻の奥がツーンとなっちゃうような、心がポカポカするものがギッシリと詰め込まれている。  思えばデビューしてすぐの頃は、ダンボール半箱にも満たなかったっけ……。  そう考えると、ありがたい事だよなぁ…。 「嬉しいね。 葉璃も、俺も、もっともっと、頑張らなきゃね」 「うん…!」  ゆっくりとした喋り方で笑い掛けてくれた恭也も、疲れた顔を一切見せないで感激中だ。 「そうだ。 あのファンレターの差出人は、まだ、分からない?」 「あー……うん…」 「葉璃、あの手紙読んで、泣いてたもんね。 差出人不明のファンレターは、別に仕分けて、くれるんでしょ?」 「そう。 でも…あれからきてないから、もう来ないんじゃないかな…」  俺の頭を撫でて「きっとまた送ってくれるよ」と励ましてくれた恭也は、撮影の合間だったから事務所に居たのはほんの十分くらいで、またすぐに現場に戻って行ってしまった。 「まだ俺の事、見てくれてるのかなぁ…」  デビューして一番最初に受け取った「ハル」宛のファンレターには、差出人が書かれていなかった。  そのせいでダンボールから弾かれて別口で渡されたんだけど、それには、デビューして間もない俺を労う言葉がビッシリと便箋十枚に渡って書かれていたんだ。  右も左も分からず、ほんとにこのまま俺なんかがステージに立ってていいのかって不安に押し潰されそうだった俺へ、自信と熱意を奮い立たせてくれた、大切な名無しのファンレター。  聖南の背中を追い掛けたい。  聖南の名に恥じないように頑張りたい。  素人に毛が生えた程度の実力にも関わらず、事務所の名前とCROWNのバックアップによって、とても新人アイドルとは思えない待遇を受けてる『ETOILE(エトワール)』だから……一日も早く相応になれるようにならないとって、毎日肩肘張っていた。  そんな俺を第三者目線で励ましてくれた、熱く紳士的な言葉達。  今も一言一句思い出せるくらい熟読したそれの存在は、聖南には言えてない。  だって……ヤキモチ焼いて破かれたりしたら嫌だもん。 「おっ、葉璃!? どうしたんだよ、今日はスタジオから直帰って…!」  スタッフさんが教えてくれた、「入室不可」の紙が貼られた会議室の扉をノックすると、コーヒーカップ片手に眼鏡を掛けた聖南が出て来た。  聖南も驚いてるけど、ほんとに居るとは思わなかったから俺もビックリした。 「聖南さんがここに居るって聞いて」 「そっかそっか! おいで、今ちょうどETOILEの3rdシングルの詞練ってたんだよ」 「そうなんですか。 あ、手書きもありますね」 「あぁ、これはCROWN用。 昔からCROWNのはある程度 紙に殴り書きしてからPCに打ち込むんだ」  ドカッとソファの方に腰掛けた聖南が、足を組みながら俺に数枚の紙を寄越してきた。  それを受け取りながら、聖南の隣に腰掛けようとした俺の動きが中腰で止まる。 「へぇ……。 …………ん、?」  あ、……あれ……?  このカクカクしたクセ字…どこかで……。 「葉璃? どした?」 「い、いえ、なんでも……」  この独特なクセ字……見覚えがある、なんてもんじゃない。  受け取ったB5用紙数枚が、俺の大切なファンレター第一号と重なって見えた。  ───忘れてた。  他に類を見ないほどの熱狂的なファンが、俺のすぐ近くに居たんだった。 『ファンレター』終

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