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終章【選択・参】要黒の欒①

 【選択・参】  月だけが静かに見下ろす静寂。微かな話し声を頼りに二人の捜索を行う芥川龍之介と、連絡を受け駆け付けた中島敦の姿が在った。  太宰治が失踪したという事実の後、敦は何も出来なかった。自らの欲の儘に太宰の配慮に甘え、凡てを放棄させたくなる迄太宰を追い詰めた自分に今更何が出来るというのだろうか。  自分が居る限り太宰は二度と探偵社には戻らない。其の言葉が敦の心に深い影を落とした。其れでも、自らが犯した過ちは自らでしか償えないと国木田独歩に叱咤され、先んじて太宰の救出に向かった国木田と江戸川乱歩からの連絡を受けて敦は太宰が居ると云われた崖の上の墓へと向かった。  然し到着した時既に芥川の姿が在り、顔を向け辛い状態ではあったが、あの時とは違う敦の表情を見た芥川は追求をせず敦の捜索同行を許容した。 「彼方から人の声がする、多分太宰さんともう一人の誰かだ」  敦の聴力は声の明確な方角迄をも把握し、着実に崖へと歩みを向けて行く。 「其れは中也さんだ、先刻端に中也さんの二輪車が在ったのが見えなかったのか」  茂みに倒れる形で中也が乗って行った二輪車が置かれていたのを芥川は見逃さなかった。幹部の威厳に関わるからと最近は乗る事の少なかった二輪車ではあったが、小回りが利く分人捜しには有用だった。  敦のみならず、芥川は今どんな顔を太宰に向けたら善いのか解らなかった。太宰が傷付いている事を誰よりも解っているのは自分だと思っていた。其の自分が太宰の傷口に粗塩を擦り込み更に広げた。中也に殺されようが文句は云えない。殺される程度ならば未だましな方だといえるだろう。  一番最悪な結末は中也が太宰の願いを叶えるべく、共に死を選ぶ事。  僅かに先を歩く敦が脚を止めた事に気付き、芥川も同様に立ち止まる。 「如何した、人虎」 「……い、今、何か聞こえなかったか?」  振り返る敦の表情は引きつり、言葉を放つ為の口許が歪に歪んでいる。其れは事実を認めたくは無く、第三者に否定される事に拠って自らの安心を得たいという心の表れだった。 「……何の音だ」  聞き返す芥川自身も、其れを認めたくは無かった。其れでも尋ねてしまったのは、心の何処かで其れ以外の応答を期待してしまったからだった。 「……何かが、水に落ちる音だよ」 「ッ!!」  芥川は走った。行く手を阻む樹木を【羅生門】で薙ぎ倒し、其れ迄の隠密故の徒歩行動を諦め一目散に走る。  其れに負けじと敦も走る。転びそうになれば両手を地に着き、四肢を使い崖へと向かう。 「「太宰さん!!」」  敦と芥川が叫んだのはほぼ同時だったか、樹木が開けて唐突に広がる一面の海、崖の先端に辿り着いたのだった。幾つも並ぶ無縁の墓。其処には太宰どころか誰の姿も無く、唯大きな月が海を照らしていた。 「嘘だ……太宰さん……」  敦は墓標の前に膝を折る。問わずとも明確に其れは太宰の崖からの飛び降りを示唆していた。  両手を着き項垂れる敦の背中を敢えて蹴り、芥川は崖の先端迄歩み寄り其処から崖下を覗き込む。  水面に浮かぶは中也が愛用していた黒い帽子。其処が二人の落ちた場所であると容易に判断が出来た。そして其れから敦を振り返る。 「泣いている暇が有るならば、死ぬ寸前迄無様に足掻く選択をせよ」 「何云って…………、芥川? お前、何やって……」  意図の読めない芥川の言葉に顔を上げるより早く敦は体勢を崩した。【羅生門】が敦の脚に絡み付き、軽々と持ち上げられた敦の躰は宙に浮き重力に従い頭が下を向く。 「オイ待て、一寸……洒落にならな、……」 「案ずるな、貴様一人に華を持たせはせぬ」  敦の制止虚しく、一つ咳をした後芥川は敦の躰を崖下の海へと放り投げる。 「うわぁぁああああ!!」 「……却説」  蛙の様な格好で敦が海に落ちるのを見届けた芥川は其れに続き自ら崖下へと身を投じた。

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